佐々木原組は、名高い家系の一つであった。政治家と暴力団を一族の中で両立し、二十年前議員を勤めていた佐々木原が、先代頭に変わって暴力団を引き継いだ。

 上辺は礼儀正しいが気性は荒く、議員在中の頃から裏で暴力事件を多々起こしていた男である。榎林のあとにブラッドクロスへ引き抜かれ、利害の一致から彼と行動を共にしていた。

「通信機器とレッドドリームも、準備出来ていますよ」
「あの人の期待を裏切ることなど出来んからな」

 実験が進んでいることを褒めた夜蜘羅は、『是非成果のほどを見せて欲しいんだ』と榎林に頼んできた。茉莉海市には明日こちらから、本店会社を任せている尾賀が出向かう予定で、それはブラッドクロスに頼まれていたヘロインを入荷する場所でもある。

 その前に自身が徒労するのを榎林は渋ったが、『一番信頼出来るのは君だからね』といった夜蜘羅の言葉に動かされた。夜蜘羅はブラッドクロスに、実験体の成果を秘密裏に試して来るよういわれたことを、榎林に打ち明けてきたのである。

『他のメンバーには内緒で頼めるかな。私としても「働き蜘蛛」くらい使えそうな手駒であれば、個人的に欲しいと思っていてね。尾野坂に知られると、また年寄りの説教をきかされそうだから、今は私とブロッドクロスの彼と、君の三人だけの秘密にしたいんだ』

 ブラッドクロスのトップである男と夜蜘羅、そして自分だけの秘密。

 その言葉に榎林は興奮した。そこに恐怖がなかったわけではない。ただ、味方であれば最強の盾であるのだ。なにしろ榎林は、夜蜘羅の「遊び」と「ブラッドクロス」が畏怖すべき存在だと知っていたからである。

 夜蜘羅は人間をおもちゃのようにしか見ておらず、自分の持ち駒で残酷なゲームをすることが多々あった。部下が使えそうにないと分かると、顔色一つ変えずに殺すという、ひどい残虐性を秘めた男である。気に入っていた愛人たちを集め、「働き蜘蛛」と自ら呼んでいる化け物に惨殺させる観賞会を行ったとき、榎林を含む面々は震えが止まらなかった。

 ブラッドクロスでは、「特殊筋(とくしゅすじ)」と呼ばれる家系が幹部の席を占めている。彼らは人を殺すことを躊躇する心がなく、そこには露見されることもない異形生物の存在もあった。

 こんな化け物がいるのかと、榎林は夜蜘羅の「持ち駒」を見て思ったものである。彼らの一族の中には、まるで化け物のごとく身体能力が高い人間が稀におり、彼らと同様に使える手駒を増やすための計画が「強化兵」だった。

 特殊な力を持った家系は、遺伝子が違っていることが分かり、それを意図的に起こせないかとブラッドクロスは考えた。身体変化によって起こる激しい苦痛は、麻薬や覚せい剤で取り除くことにした。そして、特殊筋の血液と異形の化け物から採取した遺伝子を合成し、青と赤の薬を作り上げたのだ。

 服用者は強い薬物中毒に陥って使い物にならなくなったが、夜蜘羅が探してきた、李という男が作り直したブルードリームは、完成が近いことを思わせる代物だった。ブラッドクロスとは別に、李が「完成させるために実験体が欲しい」と言いだし、薬を完成させることを約束に今回の取引が成立した。