「ブルードリーム使用後、レッドドリームによる二次被害が確認されたそうだ。容疑者となっていた榎林政徳の死亡が先程確認され、管轄組織によって旧帆堀町会所が現在完全封鎖されている――我々はただちに茉莉海市に向かい、ナンバー組織指示のもと、茉莉海市署員の指揮に入る」

 一体何があったんですか、と毅梨が問うたが、金島はしばらく言葉を失っていた。

 そのとき、沈黙した室内で、テーブルに置かれていたノートソパソコンの画面が動いた。起動音と共に開かれた文章作成ソフトに、リアルタイムで報告のような文字が打ち込まれていく。内田を筆頭に、捜査員たちが気付いてパソコン画面に目を向けた。


『十六時四十二分、某日容疑が確定した榎林政徳被告、レッドドリームを所持、茉莉海市旧帆堀町会所での死亡を確認』
 
『一六時十二分、住民から茉莉海署への通報。現場に到着した巡査部長含む三人の警察官が負傷。逃走した容疑者はブルードリーム使用者の可能性が濃厚と判断。

 ブルードリーム使用者、白鴎学園大学部三学年所属、鴨津原健』


 打ち込まれていた文字が、一旦そこで途切れた。

             ※※※

 榎林政徳は、榎林グループ子会社の社長である。

 榎林財閥当主となった伯父の孜匡(あつ)とは七歳も離れておらず、支店取り締まりの座に不服を感じていた。伯父の元から会社を独立させ、新たに金融会社として東京に腰を降ろしたが、榎林一族の名が強かったため今でもグループの子会社と思われることが多かった。

 名を「丸咲金融会社」と改めた彼の会社は、「お客様の近くにいつも寄り添い続ける」と優しいキャッチコピーで宣伝された。

 暴力団を率いた経営は、闇金業者に近い荒々しさがあるが支店数も増えていた。榎林が堂々と会社を続けていられるのも、違法を権力と力で押さえつける組織がバックについていたからだ。

 政治家や弁護士などの高官職を始め、暴力団を抱えた財閥グループは共に「ブラッドクロス」という巨大財閥組織の傘下にあった。

 中国大陸からやってきたといわれているマフィア一族、夜蜘羅はブラッドクロスの頂点に立つ男を「彼」と呼べる位置にあり、貪欲な榎林は彼に近づいて自身の地位を固めた。

 そこは日本マフィアの中核を思わせる恐ろしい場所ではあったが、孜匡以上の権力を持ったと榎林に錯覚させた。榎林はブラッドクロスで進んでいる「強化兵」の一旦を担い、更に陶酔していったのだ。


 六月二十三日正午、榎林は上機嫌な表情を抑え込んでオフィスにいた。気の短さが顰め面に滲み出ていたが、引き上げられた頬の中肉には笑みが覗く。


佐々木原(ささきはら)、夜蜘羅さんが私に頼みごとをしてきた」
「先程伺いましたよ、榎林さん。準備は整ってます」

 答えたのは、丸咲金融会社を影から支える暴力団の頭、佐々木原洋一だった。引き締まった顔には薄い皺が刻まれているが五十代の面影はなく、修羅場を乗り越えてきた貫録が直立した長身から漂う。整髪剤でまとめられた頭髪の下には太い首があり、きっちりと着込んだ紺色のスーツは余分な生地が見られない。