雪弥は、二学年で賑わう廊下の方へ足が進まず、図書室の前でしばらく立ち尽くしていた。ここは二人の言葉に甘えて、先に大回りして屋上にでも向かおうか、と呑気に考え直す。

 そのとき、胸ポケットで携帯電話が震えた。

 図書室の前に広がるスペースの取られたフロアへと入り、ベランダもない窓ガラスへと歩み寄りながら携帯電話を取り出したところで、雪弥は相手がナンバー1だと知って、わずかに眉根を寄せた。

 並んだ大窓からは、高等部校舎正門と運動場が一望出来た。雪弥はガラスに映った自分の顔越しにその風景を見下ろしながら、「はい、もしもし」と声を潜めて電話に出た。

『複数の情報源から、取引の時間が次の時刻だと判明した。明日の二十三時、我々は双方の組織及び関係者を一人残らず一掃する。そちらはナンバー4を現場指揮官とし、当現場には県警とエージェントをつける。対象者の処分や人員配置、詳しいことについては追って連絡する』

 雪弥は、心が静まっていくのを感じた。遠くで少年少女の賑やかな声を聞きながら、ガラス窓に額を押しつけて力なく唇を開く。しかし、言葉が出て来ずに一度口をつぐんだ。

 しばらく間を置いてから、ようやくといった様子で囁き返した。

「了解、現場指揮として、当日の県警の介入を許可。現場待機を指示、こちらは追って連絡を待つ」
『了解した。指揮権についてはこちらに一時委託を確認』

 ナンバー1は厳粛に返した後、言葉を切って声量を落とした。

『……私が現場指揮を取っても構わんぞ……』
「らしくない事を言いますね。僕は平気ですよ」
『そうか。…………詳しいことは、追って連絡する』

 雪弥は電話を切り、予測していた処分事項をぼんやりと思った。ナンバー4としての任務が行われることを想像し、それきりぷっつりと思考を止切らせる。

 賑やかな声が背中で溢れだし、雪弥はゆっくりと振り返って制服の少年少女を眺め見た。彼が考えている最悪の展開は、対象者すべての抹殺――ナンバー4に相応したそのような任務が、白鴎学園で行われることだった。

 雪弥は大回りする道を選ばず、幼なさが残る二学年の生徒たちの間を抜けるように廊下を進んだ。数人の生徒が不思議そうに目で追ったあと、何事もなかったかのように弁当を広げ始める。


「何か嬉しいことでもあったのかしら」

 教室から、見慣れない美麗な三学年の男子生徒を見ていた一人の女子生徒が、そう呟いた。転入生である彼の姿が教室の窓から見えなくなった頃、他の女子生徒たちも顔を見合わせる。

「そうじゃない? 嬉しそうに笑ってたし」

 それより、と女子生徒たちは話題を変えた。


 廊下を進んでいた雪弥の口元には、尾崎とはまた違う、穏やかで優しげな微笑が浮かんでいた。