この日も、銀行の窓口時間がギリギリだった。いつものように反対側の道に出るため、民家の十センチ塀にバイクを乗り上げて走行し、いつもの道まで最短距離の近道で出たところで、予想外にもいつもの着地点の歩道に乗り上げて停まっている車があった。

 後部座席を黒いガラスに塗り替えられた高級車のフロント部分から、正装した運転手と目が合ったとき、雪弥の乗ったバイクは前輪が既に塀から飛び出していた。

 運転手の男が「そんな馬鹿な!」という表情で引き攣ったが、雪弥のほうは至って冷静だった。そのまま勢いをつけてアクセルを回すと、バイクごと跳躍するように身体を動かした。

 細いタイヤを一度バウンドさせた後輪が塀から離れ、車を飛び越えたところで前輪から着地すると、雪弥はブレーキを踏んで後ろタイヤを滑らせて、進行方向へとバイクの向きを変えたのである。

「上手いな」

 車内から低い声が聞こえたが、雪弥は興味がなかったので「どうも」と適当に答えて、そのままそこをあとにしようと――

 したところで、後ろから「ひったくりよ!」という声が聞こえた。バイクのミラーでちらりと確認するや否や右手を動かせていて、素早く伸びた雪弥の右手が、横を通過しようとしたバイクに乗っていた男の襟首を見事に捕えた。

 速度が出始めた原付バイクであったにも関わらず、男がまるで壁にでもひっかかったように、首元を固定したまま両足を振りこのように前方に大きく降って呻く。宙を浮いた男の足もとをバイクが離れ、歩道の上に乗り上げると同時に転倒して地面の上を滑った。

 十六歳の細い右腕一本に、成人男性が宙づりになっている状況であった。

 そのあと駆けつけた女性と、騒ぎに集まってきた大人たちに男を押しつけ、雪弥は「しまったッこんなことをしている場合じゃなかったんだった!」と慌てて銀行へと急いだ。

 残り五分というところで間に合ったのだが、何故か時間があるにも関わらず、目の前で銀行のシャッターが下り始めた。息をつく間もないままバイクを降りて走り、ぎりぎりで銀行に滑り込めて「セーフ」と思った矢先、「動くな!」という怒号とともに五人の覆面男たちに銃を突きつけられていた。

 今日に限って、本当に色々とついていないな、と思った。

 いつも通り老店主の元を出たはずなのに、雪弥は予想外ばかりに遭遇している現状に「なんだかなぁ」と呟いてしまった。

 飛び込んだ店内は、今まさに銀行強盗が行われるところであったのだ。男女構わず白い床にうつぶせになって両手を頭の後ろに組まされていたが、雪弥は恐怖よりも先に犯人の一人が発した言葉に苛立った。「金目の物を出せ」と脅されたからである。

「おじさんが頑張って稼いだお金を、なんで渡さなくちゃならないのさ」

 銀行の金庫ばかりではなく、客の財布からも現金を抜いていた犯人に苛立った雪弥は、近くにいた覆面男を一瞬にして叩きのめすと、素早く銃を構え直した四人の武器を素手で打ち払った。

 数発銃弾を発砲されたが、冷静に視界で銃弾を捕えていた雪弥は、それをすっと避け、一分もかからずに犯人たちを一網打尽にした。

 たまたまそこに居合わせていたのが、特殊機関ナンバー1の男だったのである。雪弥がバイクで飛び越えた車が、連続銀行強盗事件の助太刀に入ったエージェントトップクラス専用車だったのだ。