室内に響き渡る低い声が『おい、説明しろ』と続けられたあと、室内の四方に埋め込まれたスピーカーから若い声が『はい』と答えた。

『え~こちら地下十階、レベルB1研究室、班長のキッシュです。はじめまして、ナンバー4。続けて報告に入ります』

 キッシュと名乗った男は、かすれた声色で『え~』と話しを切り出した。

『これまで東京で出た、異常障害の検挙者からご報告させていただきます。彼らから押収した青い薬物は、ブルードリームと呼ばれる覚せい剤でした。形状は最近出回っている完成度の高いMDMAと比べると、一回り大きいくらいですね』

 ただし、とキッシュは強く言葉を区切った。

『これまでの覚せい剤に分類できない薬物となっています。厄介なのは、摂取することによって、こいつが遺伝子に傷をつけることです。今回東京で起こっている薬物事件で、異例な中毒者を出している代物が、ブルードリームとレッドドリームであることが分かっていますが、これらは我々が知る通常の覚せい剤とは呼べない代物であったわけです』

 尾崎は机に両肘を乗せ、手を組み合わせて顎を置いてそれを聞いていた。キッシュの言葉が途切れたタイミングで、立ったままの雪弥に「どうぞ腰かけて。あ、茶菓子があるけれど食べますか」と打ち解けた様子で尋ねる。

 雪弥が「いただきます」と真面目に肯いてソファに腰かけると、岡野がやってきて、テーブルに茶菓子の入った皿を置いた。

『おいおい、お前ら……』
『いえ大丈夫です、ナンバー1。報告を続けます』

 そう言う声には若干の引き攣りがあったが、緊張感の全くないマイペースなエージェントであるナンバー4と元ナンバー十三に対して、キッシュが気を取り直すように冷静な口調で続けた。

『覚せい剤や麻薬は体内組織を溶かしますが、ブルードリームはそれと同時に遺伝子情報に直接作用することが判明しました。その依存性によって定期的に摂取すると、その結果、身体組織にある遺伝子が非常に不安定になるのです』

 その時、室内に茶菓子の袋を開ける音が上がった。
 
 雪弥が「あ、これ美味い」と言い、尾崎が「私のお気に入りなんだ」と場違いなのんびりとした会話が交わされて、キッシュが小さく咳払いをした。

『今回運ばれてきた里久という人間の遺伝子を調べて、ブルードリームとレッドドリームがセットで造られているという推測がぐんと高まりました。レッドドリームは、これまで見た合成麻薬とは見事に違っています。運ばれてきた対象者の身体にまだ成分が残っていたので、現物と併せて解析してみましたが、材料としてヘロインが配合されている他は全く未知の薬です。まだいろいろと不明な点が多い薬ですが、厄介なことに、傷ついた遺伝子を無理やり捻じ曲げる働きがあるようです』

 つまりレッドドリームが本来の薬物としての目的では作られていない物である、というのが判明した証拠だとキッシュは言う。