「あんなところに行っても、つまんねぇだけだぜ」

 言葉を失った修一に続き、暁也が淡々として口を挟んできた。彼は机に両足を乗せながら雑誌を眺め読んでいる。その言葉を聞いた生徒たちが忌々しげに暁也を振り返ったのは、勉強する素振りもない彼が、学年で二番の成績を持っていたからだ。

 雪弥は短く息をつくと、自分の腕を掴む修一の手をそっとほどいた。

「僕は、まだ図書室に行ったことがないんだよ」
「そうなのか? 転入して来たとき放課後残ってたからさ、そんとき行ったのかと思ってた」
「校内を散策していただけだよ」

 雪弥は答えて肩をすくめた。やんわりと崩した表情を浮かべていたものの、二人の少年から視線をそらすその瞳は、あの夜、ゲームセンターで見掛けた常盤という男子大学生を思い浮かべていた。

 実をいうとニ日前から、雪弥は今事件の共犯者である、三年一組の常盤と接触を図ろうとしていた。修一と暁也の目を盗んで彼の姿を探したが、常盤は常に歩き回っているようで、その姿を見掛けることもなかった。

 実際にブルードリームを配っている本人に会ったほうが、仕事が遥かに進むだろうと雪弥は考えていた。ナンバー1からの連絡が来る前に、さらなる情報を仕入れたかったのだが、今のところ目標は達成できていない。


 常盤は、高等部側で唯一動いている協力者である。先日「シマ」と呼ばれていた男との会話を思い返すと、薬の意図は知らずとも、取引についてはよく知っているはずだと推測される。

 そうすると、五月に起こった土地神の噂や怪談騒動も、取引現場となる学園から人払いするため、常盤と理香が動いたのではないかという憶測も浮かんだ。


 前もって準備を早急に進められて今に至るのだとしたら、やはり大学学長の富川は、常盤の後に協力者として傾いたという憶測も立ち始める。何故なら「シマ」は彼の名前を出した際、常盤よりも信頼していないような口振りだったからだ。

 保険医の明美が着任した頃と、事が起こり始めた時期について考え直すと、その線が強いような気もした。彼らを上手いように使っている別の大きな組織がいるとしたら、明美自身が寄越された仕掛け人の一人だ、と考えてもおかしくない。

 蓋を開けてみたら、どんどん厄介で複雑になっていく感じがするな。

「なぁ、お前が図書室行くっていうなら俺も付き合うぜ。『走れサッカー少年』の新刊出てるって聞いたし」

 考え事をしていた雪弥は、「え、ああ」と言いながら反射的に言葉を探した。

「えっと、図書室って混んでないかなぁと思ってさ……」
「混んではないと思う。三年はほとんど教室で自習してる奴が多いんだ。先週の自習もそんな感じだった」