蒼緋蔵家長男、蒼慶の場合は、電話を取らなかったあとが怖いのだ。窓の向こうに広がる青空から視線を感じ、雪弥は机に伏したまま、げんなりとそちらへ目を向ける。

 見てる、絶対見てる。

 この感じは夜狐じゃなくて、兄さんが買収した衛星だ。

 プライバシーの侵害だろ、と雪弥は呆れて窓のカーテンを締めた。矢部が「どうした」とぼそぼそ訪ねてきたので、「少し眩しかったんですよ」と答えて溜息をつく。

「……本田、勉強疲れか?あまり、根を詰めるとよくない……」

 口ごもる声で矢部が言った。生徒たちから「本田雪弥」の話を聞いているのだろうと雪弥は推測しながら、何も答えずに意味もなく参考書をめくった。

            ※※※

 結局、数学の授業が終わっても、休み時間に兄に連絡を入れる暇はなかった。

 授業中に珍しく雪弥が携帯電話のバイブ音を響かせた一件で、何人かの生徒たちが話しかけてきたからだ。それに加えて、修一と暁也もこちらの方を向いて新しい話題を振ってきた。

 午前中の授業は残すところあと一つとなったが、三学年生は四時間目の授業が急きょ自習へと変更されることになった。

 本来なら三学年全体で煙草に関する保健授業のはずだったが、外来講師が来られなくなったため自習となったのである。

 白鴎学園は現在、特殊機関管轄内となっているため封鎖されている状況だった。事件に関わりがない者が足を踏み入れることは出来ないので、そう考えると当然だろうなとも思えてしまって、雪弥は冷静に話を聞いていた。

 一旦教室に戻ってきてそれを説明した担任教師の矢部は、図書室や教室での自習、体育館の使用や運動場の利用、進路指導室の資料閲覧など時間を有効活用するようにと生徒たちに言い渡した。

 三組の生徒たちの大半は、矢部が担当している進路指導室へ大学の資料を見に行った。残った生徒たちは、教室で談笑しながらの自習を始める。

 まだ一度も図書室に行ったことがなかった雪弥は、それを理由に教室から抜け出そうと考えた。高校生としてこの学園に四日いても、少年少女たちの集団の中は彼にとって落ちつかない場所だったのである。

 そのとき、自然な仕草で立ち上がった雪弥の腕を、修一が掴んで引き止めた。彼は机の上で堂々とスポーツ雑誌を広げながら、きょとんとした様子でこちらを見上げている。

「どこ行くんだ? 体育館? それとも運動場?」
「あのね……、受験生が行くところだよ」

 呆れる雪弥に、修一が二秒半遅れてはっと息を呑んだ。

「…………まさか、進路指導室――」
「図書室」

 修一はこの二日間で、進路指導室に嫌な思い出でも出来たようだった。行く場所を正確に教えた雪弥に対して、そっと視線をそらすと「……矢部先生、意外と先生の中の先生っていうか、さ」と中途半端に独り言を途切らせて、遠い目をした。