修一と暁也を含んだ生徒たちは、矢部の合図で何事もなかったかのように黒板へと向き直った。雪弥は全員の注目が離れたことにほっと安堵し、取り出した携帯電話を机の下へと滑らせた。
「こうすると、ニの数字になるので……」
矢部が授業を再開したところで、雪弥は黒板を見つめる素振りをしたあと、携帯電話へと視線を落とした。着信画面に名前の表示がない電話番号が記載されているのを見て、思わず顔を顰める。
組織で用意された携帯電話は、通常、盗聴防止や機密回線として、独自のシステムを介し転送される仕様になっている。直接通信で電話番号が出ているという現象は、滅多にないといっていいくらいで、ふと嫌な予感を覚えた雪弥は、次の着信を見越してバイブ機能を切った。
その直後、またしても着信が掛かり、携帯電話の画面の中で音もなくコールが続いた。掛かってきたその電話番号を、口の中で数回反復したところで――
雪弥は反射的に身体を強張らせしまい、後ずさった反動でがたん、と椅子が音を立てた。
「……どうした? 本田……」
矢部が数十秒遅れで言った。他の生徒たちもこちらを振り返り、目で「どうしたの」という具合に尋ねてくる。雪弥は言葉が思い浮かばず、「いや、ちょっと……」と言ってどうにか引き攣った愛想笑いを浮かべてやり過ごした。
上手い説明も出来ないほどに、雪弥はかなり動揺していた。何故なら、音もなく呼び出しを続けているのは、兄の蒼慶だったからである。
くっそ、どこか見慣れた番号だと思ったよ!
そう思いつつ座り直し、雪弥は持ち慣れないプラスチックのシャーペンを手に持った。問題ないですと伝えるように、そのまま言葉なくノートを取り始めると、それを確認した矢部が途切れた説明を再開した。
矢部のぼそぼそとした声は掠れ、聞こえなくなると生徒の誰かが「先生、聞こえません」と遠慮がちにいつもの台詞を述べた。大半そう口にしたのは、サッカーの授業で「委員長」と連呼されていた少年、眼鏡を掛けた佐久間である。
ったく、毎回毎回、どこで僕の代用携帯の番号を調べてるんだ?
雪弥は、蒼慶の情報収集能力に呆れるばかりだった。特殊機関がそのつど発行する偽装通信機器は、携帯電話であっても通常の物とは違い、数字も五桁であったり十八桁であったりと様々で、番号の間にアルファベットやシャープが入る盗聴防止機能付属の優れ物だった。
勿論、通信番号は国家機密である。その通信機器から電話を掛けられても、相手の着信画面は「非通知」となる。しかし、番号が表示されないだけで、掛けられた電話機から折り返すと、システムで許可されている間は掛け直しが出来るという仕組みになっていた。
潜入調査を進めながら集まりつつある情報を、頭の中で整理している中で、蒼慶の毒舌をすんなりと避わせる自信がなかった。仕事でなくとも彼からの連絡だけは受けたくない、というのが本音である。
「こうすると、ニの数字になるので……」
矢部が授業を再開したところで、雪弥は黒板を見つめる素振りをしたあと、携帯電話へと視線を落とした。着信画面に名前の表示がない電話番号が記載されているのを見て、思わず顔を顰める。
組織で用意された携帯電話は、通常、盗聴防止や機密回線として、独自のシステムを介し転送される仕様になっている。直接通信で電話番号が出ているという現象は、滅多にないといっていいくらいで、ふと嫌な予感を覚えた雪弥は、次の着信を見越してバイブ機能を切った。
その直後、またしても着信が掛かり、携帯電話の画面の中で音もなくコールが続いた。掛かってきたその電話番号を、口の中で数回反復したところで――
雪弥は反射的に身体を強張らせしまい、後ずさった反動でがたん、と椅子が音を立てた。
「……どうした? 本田……」
矢部が数十秒遅れで言った。他の生徒たちもこちらを振り返り、目で「どうしたの」という具合に尋ねてくる。雪弥は言葉が思い浮かばず、「いや、ちょっと……」と言ってどうにか引き攣った愛想笑いを浮かべてやり過ごした。
上手い説明も出来ないほどに、雪弥はかなり動揺していた。何故なら、音もなく呼び出しを続けているのは、兄の蒼慶だったからである。
くっそ、どこか見慣れた番号だと思ったよ!
そう思いつつ座り直し、雪弥は持ち慣れないプラスチックのシャーペンを手に持った。問題ないですと伝えるように、そのまま言葉なくノートを取り始めると、それを確認した矢部が途切れた説明を再開した。
矢部のぼそぼそとした声は掠れ、聞こえなくなると生徒の誰かが「先生、聞こえません」と遠慮がちにいつもの台詞を述べた。大半そう口にしたのは、サッカーの授業で「委員長」と連呼されていた少年、眼鏡を掛けた佐久間である。
ったく、毎回毎回、どこで僕の代用携帯の番号を調べてるんだ?
雪弥は、蒼慶の情報収集能力に呆れるばかりだった。特殊機関がそのつど発行する偽装通信機器は、携帯電話であっても通常の物とは違い、数字も五桁であったり十八桁であったりと様々で、番号の間にアルファベットやシャープが入る盗聴防止機能付属の優れ物だった。
勿論、通信番号は国家機密である。その通信機器から電話を掛けられても、相手の着信画面は「非通知」となる。しかし、番号が表示されないだけで、掛けられた電話機から折り返すと、システムで許可されている間は掛け直しが出来るという仕組みになっていた。
潜入調査を進めながら集まりつつある情報を、頭の中で整理している中で、蒼慶の毒舌をすんなりと避わせる自信がなかった。仕事でなくとも彼からの連絡だけは受けたくない、というのが本音である。