紗奈恵の医療代は、決して少ない金額ではなかった。中学一年生の春、病室に訪れてきた蒼緋蔵家の見知らぬ人間たちが、突然一方的に話を切り出した。雪弥は大富豪の家と、愛人となった自分たちの立場の難しさを実感した。
多くの分家や親族繋がりが存在し、当主に可愛がられている愛人とその子供として自分達は確かに嫌われているのだ、という事を知った。それだけではなく、この先もしかしたら、父や亜希子や兄妹たちに迷惑を掛けてしまう恐れがある事にも、雪弥は気付かされた。
「最低限の生活費や治療費は入れてやる。しかし、これ以上当主と私たちに関わらないで頂こう」
前触れもなく訪れた男たちに対する嫌悪感よりも、家族に迷惑をかけたくないという想いから、蒼緋蔵家と縁を切る事を決意した。雪弥は母に代わって、二度と蒼緋蔵家の敷地内に足を踏み入れない事、彼らと今後一切関わらない事を男たちに告げた。
決意しながらも、「これで良かったのよね」と言いながら紗奈恵は泣いた。父は苦渋したが、二人の覚悟を最後は受け入れて「けれど、どうか名字だけは残させて欲しい」としてその手続きを行い、形式上縁を切ったと公言しながらも病院に見舞いに来続けた。
雪弥は自分の母に対する彼の想いの深さを感じながらも、父がしだいにやつれている事に気付いた。完全に蒼緋蔵家を断ちきるためにも、頑張って早く就職しようと決心した。
そんな焦燥を引き連れたまま、季節は急くように流れて行き、雪弥が中学二年生になった春、母である紗奈恵が三十三歳の若さで亡くなった。
紗奈恵の葬式は、十四歳の誕生日もまだ迎えていない雪弥の希望により、自宅でひっそりと行われた。蒼緋蔵家の人間は来ないようにと釘を刺した家は、数少ない紗奈恵の知人が時折来るばかりだった。
一日泣いただけで、雪弥は恐ろしい精神力で立ち直った。その頃から、紗奈恵と一緒にいた時は感じた事がなかった、これまでにない苛立ちに似た感情を覚え始めた。
それを紛らわすため、彼は学校の運動部に時々顔を出しては暴れた。今まで以上に勉学に励み、貪るように知識を詰め込んだ。睡眠もほとんど取らずに行動し続けるその姿は、まるで獣のようだった。
雪弥は高校入試で全科目満点の数字を叩きだし、奨学金をもらって都内で有名な高校へと進学した。以前のような落ち着きは戻っていたが、どこか荒々しい一面が浮かぶようになっていた。
ぶつかりそうになった学生を反射的に叩き伏せてしまったり、外で素行の悪い他校生にからまれた少年少女を見かけた時は、構わず声を掛けて、一人で十数人の不良を再起不能にする事も多くなった。
多くの者たちは、雪弥に足か腕一つで地面に叩きつけられる。不良の間では「かなりの強者だ」とひそかに恐れられたが、彼自身は、ほんの少し力を入れて払っただけにすぎなかった。
中学二年生の夏にカツアゲを仕掛けてきた大男を、腕一本で持ち上げた時も「運動部で暴れていたせいだろう」と彼は疑問を覚えなかった。なぜか無性に腹が立った中学三年生の秋、試しにコンクリート塀に拳を突き出して砕き割った時に初めて、力を十分に制御するよう努めた。
多くの分家や親族繋がりが存在し、当主に可愛がられている愛人とその子供として自分達は確かに嫌われているのだ、という事を知った。それだけではなく、この先もしかしたら、父や亜希子や兄妹たちに迷惑を掛けてしまう恐れがある事にも、雪弥は気付かされた。
「最低限の生活費や治療費は入れてやる。しかし、これ以上当主と私たちに関わらないで頂こう」
前触れもなく訪れた男たちに対する嫌悪感よりも、家族に迷惑をかけたくないという想いから、蒼緋蔵家と縁を切る事を決意した。雪弥は母に代わって、二度と蒼緋蔵家の敷地内に足を踏み入れない事、彼らと今後一切関わらない事を男たちに告げた。
決意しながらも、「これで良かったのよね」と言いながら紗奈恵は泣いた。父は苦渋したが、二人の覚悟を最後は受け入れて「けれど、どうか名字だけは残させて欲しい」としてその手続きを行い、形式上縁を切ったと公言しながらも病院に見舞いに来続けた。
雪弥は自分の母に対する彼の想いの深さを感じながらも、父がしだいにやつれている事に気付いた。完全に蒼緋蔵家を断ちきるためにも、頑張って早く就職しようと決心した。
そんな焦燥を引き連れたまま、季節は急くように流れて行き、雪弥が中学二年生になった春、母である紗奈恵が三十三歳の若さで亡くなった。
紗奈恵の葬式は、十四歳の誕生日もまだ迎えていない雪弥の希望により、自宅でひっそりと行われた。蒼緋蔵家の人間は来ないようにと釘を刺した家は、数少ない紗奈恵の知人が時折来るばかりだった。
一日泣いただけで、雪弥は恐ろしい精神力で立ち直った。その頃から、紗奈恵と一緒にいた時は感じた事がなかった、これまでにない苛立ちに似た感情を覚え始めた。
それを紛らわすため、彼は学校の運動部に時々顔を出しては暴れた。今まで以上に勉学に励み、貪るように知識を詰め込んだ。睡眠もほとんど取らずに行動し続けるその姿は、まるで獣のようだった。
雪弥は高校入試で全科目満点の数字を叩きだし、奨学金をもらって都内で有名な高校へと進学した。以前のような落ち着きは戻っていたが、どこか荒々しい一面が浮かぶようになっていた。
ぶつかりそうになった学生を反射的に叩き伏せてしまったり、外で素行の悪い他校生にからまれた少年少女を見かけた時は、構わず声を掛けて、一人で十数人の不良を再起不能にする事も多くなった。
多くの者たちは、雪弥に足か腕一つで地面に叩きつけられる。不良の間では「かなりの強者だ」とひそかに恐れられたが、彼自身は、ほんの少し力を入れて払っただけにすぎなかった。
中学二年生の夏にカツアゲを仕掛けてきた大男を、腕一本で持ち上げた時も「運動部で暴れていたせいだろう」と彼は疑問を覚えなかった。なぜか無性に腹が立った中学三年生の秋、試しにコンクリート塀に拳を突き出して砕き割った時に初めて、力を十分に制御するよう努めた。