現在五十歳の富川は、若い頃横領や暴行の中心にいた男で、良い人材だが賢さに欠けるということを双方の組織は懸念していた。そこで、学生の常盤が一番身近にいられるとして判断されたのだ。

 素晴らしい計画だと感じていた常盤は、舌なめずりするような富川に対する嫌悪感を抑えて連絡役を買って出た。

 母よりも残酷で悪魔のようなことをしていると思えると、胸をかきむしるような憎しみも、常盤の中では優越感に変わった。それがとても気持ち良く、何もかもぐちゃぐちゃになってしまえばいいという衝動さえ彼は感じていた。計画さえ上手くいくのであれば、学園も家族もどうなっても構わなかった。


 五月の始めの週から、六月下旬の取引に向けてヘロインが運ばれた。

 大量の品を数回に分けて大学の地下倉庫へ運び込むのは、藤村の部下と、白衣を着た長身の男たちだった。大きく背中が盛り上がった細身の身体は気味が悪く、長く伸びた両手足で黙々と作業を進める様子は、別の生き物のようだった。


 ヘロインと一緒に運び込まれたのは、青い色がつけられた合成覚せい剤であった。常に「検体」という名を口にする密輸業者の老人が、サービスとして常盤たち用に、ヘロインを口内摂取用に加工した薬を渡した。

 通常ニードル摂取のヘロインを、手軽に出来る便利性に文句はなかった。覚せい剤とは全く逆の抑制効果があると聞かされていたが、加工されたヘロインは、大麻よりも常盤の気分を良くした。

 青く着色された覚せい剤は、これから集める四十人近くの学生用だった。それを配ることは容易ではなかったが、しだいに興味を示す大学生が出始めた。「こいつはいけそうだ」と判断した学生に声を掛け、試験前に飲ませて効果のほどを実感させると必ず学生は「欲しいんだけど」と催促した。

 合コンにはまっていた大学生たちに場を提供し、飲み物に覚せい剤を混ぜて提供した常盤の作戦が一番人数を獲得していた。「全然副作用もないんです」と彼は大学生に持ちかけ、自分が実力で取ってきた成績を薬の効果であると説き、薬に溺れる快楽を身によって教え込んでいった。

 少しすると、大学生たちが自ら覚せい剤を広め始めた。常盤は上手くいったことに満足したが、同時に、高等部の少年たちよりも頭の悪い大学生に落胆した。何故なら白鴎学園の高校生は、薬物に対しては警戒を持っており、話し掛けられる隙がほとんどなかったのである。

 なんにせよ母のような大人も、義務教育を受けて大学に通う人間も、皆馬鹿ばかりだと常盤は冷たく笑った。覚せい剤に手を染めた大学生だけではなく、藤村組のシマも、富川も、薬物の快楽に溺れて深みにはまり出したのである。


 常盤は、「自分は彼らとは違う」と自負していた。自分の賢さを常に買っていたのである。彼は酒も煙草も薬も、どの量まで摂取すれば問題がないのか、理解しているつもりだった。


 けれど五月の第二週になって、常盤の心はまた沈んでいた。ふと自分と同じ賢い仲間が欲しくなり、高等部の生徒に加工されたヘロインを配ろうと考えた。