雪弥は内心「やれやれ」と肩をすくめた。矢部についての話に発展した少年組の会話に、そろそろ軌道修正が必要であることを感じ、「明美先生が学長と出来てるのは置いといても、なんで薬物を疑うの」とさりげなく促した。

 暁也は数秒口をつぐみ、声色を落としてこう言った。

「最近、明美先生変じゃないかって話になったんだ。全体的に痩せて、雰囲気が少し変わっただけかもしれねぇけどよ」

 修一は雪弥を覗きこむように見ると、暁也のあとに言葉を続けた。

「どこがどうってのは分かんねぇけど、なんだろ、先生大丈夫かなって俺が勝手に思っちゃってさ。ちょうどテレビで、覚せい剤が出回ってるって報道があって、そういうのって怖いじゃん? 俺一人で勝手にてんぱっちゃってさ、すぐ暁也に電話したんだ」

 ニュースをリアルタイムで見ながら、相談したのだという。そう話した修一の後を引き継ぐように、暁也が「おぅ」と言って言葉を続けた。

「それで手っ取り早く調べることにした。俺は保健室の常連だから、放課後に来ても全然怪しまれないだろ? で、今日いつもみたいに保健室に逃げ込んで、明美先生に『ちょっとベッド借りるぜ』って言ったんだ。先生がいなくなった頃に修一に見張らせて、俺は保健室を調べた。そうしたら、明美先生のバッグに使い終わった細い注射器が二本あったんだ」

 暁也は言葉を切ると、意見を求めるように雪弥を見た。ゆっくりと正面へ向き直った雪弥の横顔に、修一も「どう思う?」と声に出して尋ねる。

 二秒半の間をおいて、雪弥はすくっと立ち上がった。二人の少年を振り返った彼の表情には、ぎこちない笑みが浮かんでいた。

「保健室なら、注射器があって当然だろう? 慌てて片づけるのをすっかり忘れている事だってあると思うよ。それに、学校教師は定期的に身体検査を受けるんだ。もし違法薬物をやっているとしたら、尿検査ですぐ反応が出てバレてるよ」

 検査は四月か五月にもあったはずだよ、と雪弥は知った振りで柔らかく説いて、わざと二人に考えさせる時間を与えるため一度言葉を切った。

 修一と暁也は、まるで盲点だったと言わんばかりに顔を見合わせた。

「……そっか、薬物って取り締まりが厳しいって、ニュースでも言ってた」
「……そういや、前の学校では近くで薬が出回ってるって聞いたけど、こっちでは一つも聞かねぇな」

 暁也の呟きに答えるように、雪弥は「そりゃあそうだよ」と相槌を打って話しを再開した。

「教師は月に一回、机や書類の確認作業があるらしいし、保険医に関しては三カ月に一回の検査と、学校医療のための定期研修が入るんだよ? そもそも、違法薬物なんてやっていたら、他の教師が真っ先に気付くでしょう。あれだけ危険な薬物についての特別授業をやってるんだからね」

 雪弥は、短い息を吐いて腰に手を当てた。これで納得してくれたかい、という眼差しを受けた二人の少年が、理解に至ったという顔で「あ」と揃えて声を上げ、途端に気疲れしたように体勢を崩した。

 思わず暁也が顔に手を当て「馬鹿馬鹿しい」と自身に呆れ返り、修一が「俺の早とちりかぁ、でも良かった、先生は単に仕事疲れだ」とベンチの上で腰を滑らせた。

 二人が同時に溜息をつくのを聞きながら、雪弥はそっと眉を潜めた。