「偶然って、結構続くもんか?」
「続くよ、今日の運勢は最高だったから」
「…………朝のニュースでやってる運勢占い、見てるのか」
「見てるよ」

 そんな番組など知らないが、雪弥はとりあえずそう答えた。テレビを見る時間もない彼は、短い番組ですら「終始見た」という経験がない。特殊機関総本部や町中に設置されているテレビ、任務先に用意されているホテルの一室で、たまに見られる程度である。

 番組の種類、出演者の名を上げられたと危惧した雪弥だったが、ふと彼の耳に入ったのは暁也の舌打ちであった。

「俺より早起きか……」
「え? そこ?」

 雪弥は思わず尋ね返し、ややあってから口を閉じた。

 修一は頬からハンカチを離しながら、「あのニュースキャスター美人だもんなぁ」と言ってほんわかと笑む。

「でもさ、俺ら本当はこんな時間に帰る予定じゃなかったんだ。理由(わけ)あってカラオケ店に入ってたら、こんな時間帯になってたんだぜ」

 修一は、そう切り出して仏頂面の暁也へと視線を滑らせた。

「話してもいいだろ? 雪弥って頭いいし、今日の運勢は絶好調だし、力になってくれると思うんだけどなぁ」

 暁也はしばらく黙りこみ、「運勢は関係ねぇが」ときちんと指摘したうえで「分かったよ」と投げやりに答えた。

 一見するとむっとしているが、眉間の皺は薄い。暁也はベンチの端へと寄って修一と距離を置くと、「座れよ。あんま大声で言えねぇことだし」と雪弥に、自分たちの間に座るよう言った。

 暁也は、ひとまず雪弥がそれなりに喧嘩慣れしているか、体術を心得ていると踏んでいた。自身が蹴られた靴跡には水分はなく、中年男性が立っていた場所が滑りそうな場所ではないと知っていたからだ。彼は男性の太い手首に雪弥の白い手が伸びた後、一瞬視界から消えたこともはっきりと覚えていた。

 短気で負けず嫌いだった暁也は、昔から身体ばかりを鍛え喧嘩にも自信があった。夜でも相手のパンチや蹴りが見えるほど動体視力も高かったが、あのとき、男を叩きつけた雪弥の手の動きは全く見えなかった。気付いたときには、力仕事など一つもしたことがなさそうな雪弥の上品な白い手によって、男が叩きつけられていたのだ。

 どこか修羅場に慣れている印象を覚えた。崩れ落ちる男の後ろから一瞬見えた雪弥は、転がったゴミ屑ほども倒れた人間に興味を抱いていないのでは、と思えるほど冷たい瞳をしていた。

 まるで「こんなものか」と物足りなさを含んだ瞳で見つめられたとき、暁也は一瞬、息が詰まるほどの殺気を覚えたのだ。それが瞬時に虫も殺せない少年の表情に戻って、何事もなかったかのように声をかけてきたのには驚いた。

 隣に腰を下ろす雪弥を見つめ、暁也は「面白い」というように苦み潰すような笑みを浮かべた。彼はようやく、修一以外に面白味のある人間に巡り合えたらしい、と思った。自分で内気だといった気さくな性格や、古風な印象を引き連れた雰囲気も嫌いではない。