主張も出来ない台詞を心の中に抑え込み、雪弥は精神的なダメージから目をそらすように周囲の様子を目に留めた。通りはほとんど通行人の姿がなく、コンビニから続く商店街は全てシャッターが下りている。灯りがあるのは、大通りの中腹にあるショッピングセンターから奥に掛けてのみだ。

 そう見回したところで視線を戻すと、ふくれっ面の暁也と目が合った。

「何?」
「つかさ、お前こそ何をしてたんだよ」
「君たちには言ったと思うけど、僕は進学に悩む受験生だよ? 東京から電子辞書を持って来るのを忘れたから、道に迷いながら茉莉海ショッピングセンターに行ったわけ。ついでに揃えていない電化製品もチェックして来たんだよ」

 雪弥は咄嗟ながら、冷静に話を作り上げた。二人の少年は、互いの顔を見合わせて「なるほど」と声を揃える。

「いいかい、優等生の僕がすすめることは一つだ。厄介事に巻き込まれたくなかったら、夜遅くには出歩かないことだよ」
「でも、お前すっげぇ強いのな! もし絡まれたとしても、全然平気じゃね?」

 素早く口を挟んだ修一には、反省の色が全くなかった。教訓となる出来事も、単純思考な頭の中に留まることができずに、そのまま古い記憶の倉庫へと呆気なくしまわれてしまったような様子である。

 雪弥は一秒半でデマを考えると、興奮する彼に対して、わざとらしいくらい呆れた素振りで溜息をついて見せた。出来るだけ幼い少年の表情を意識し、言葉を選びながら語る。

「あれはたまたまだよ、本当に運がよかったんだ。あのおじさんを止めようとして手を掴んだら、下がぬめっていたみたいでね、自分からこけくれたんだよ。あそこまで太ると、バランスを取るのも大変なんだって事がよく分かったよ」

 言いながら、倒れたままの男を思った。今は警察の巡回を制限しているため、誰かが見つけてくれないと男が保護されるのはだいぶ先になる恐れもある。

 初めて金島本部長と連絡を取った夜、雪弥は電話で、茉莉海市を巡回している警察官の動きを制限するよう指示した。警察関係者が自分に話しを通すことなく、ここで勝手に動くことも禁じた。現状のところ、県警本部といった外の警察が茉莉海市に足を踏み入れることはまだ認めてはいない。

 雪弥は少し考えたが、誰かが見つけてくれるだろうと期待する事にした。通りにはまだ人がちらほらと流れており、居酒屋やファミリーレストラン、パチンコ店やカラオケ店はまだ営業しているので人の出入りもある。倒れた男の存在に気付いた人間が、彼を近くの交番に連れて行く可能性は高いだろう。

「じゃあ、事故だったんだ。あ~、警察沙汰にならなくて良かったぁ」
「全くその通りだよ。僕の将来が台無しになるところだった」
「あ、そうだった、マジごめん……」

 修一が素直に謝る隣で、暁也が胡散臭そうに雪弥を見やった。