萬狩が、谷川に聞いた話の家と、その土地を買い取ろうと思ったのは、ただ酔狂に乗ったわけではない。手元に残った金額から最小限の出費で、肉体的、特に精神的に開放される事に気持ちが傾いたのが理由だった。

 遠く離れた南の土地の物件は、彼がこれまで聞いた事がないほど破格な値段だった。

 条件の一つとして全額一括払いする以外にも、とある約束事が守れる人間に限定されており、前もって一回は必ず、物件の販売先である不動産で実際に足を運び、話を聞かなければならないという括りもあった。

 その家は情報誌にもネットにも載っておらず、口コミだけの情報源しかない。

 遠くの人間は、さぞ躊躇を覚えるだろうなと思い、萬狩は焦る気持ちも覚えず、その不動産に連絡を取ってから飛行機のチケットを手配した。

 高い飛行機代を払い、日帰りで沖縄に足を運んだ。物件情報を聞くためというよりは、まるで面接を受けるような心境だったが、萬狩は値段の良さと物件の保存状態、そして山の上一体に構えられた土地の広さを現地の資料で知り、余計にその家が欲しくなった。

 詳しく聞かされた話の中で、谷川から聞いていた内容と同じ『物件購入の条件書』があった。実際に弁護士に預けられたという、元の持ち主が定めた内容は、次の通りだった。


――『愛する家族の一員である老犬を、最期まで大事に見届けてくれる方。
   介護が必要になる場合にも、その子を大切に見守り、手助けをしてくれる方に、
   私の土地と家を、この値段でお譲り致します。』