「親父の本棚は、すごく古くて、幼い頃はそこで俺達の身長を測って切れ込みを入れて、母さんに『高価な本棚なのよ』と怒られたりしていました。ベランダからは庭の桜の木が見えるんですけど、親父はよく写真も撮る人で、母が丁寧にアルバムに収めていました」
「そうか」
「うん、そうなんです。……ねぇヨリさん、親父の部屋にも上がってみましょうよ」

 弱った顔を向けて、拓実が笑ってきた。

「なんだか、あなたともう少し早くから、同じ時間を共有出来たら良かったのにと思ったりしました」

 そう冗談めいた事を言われて、ヨリは車のハンドルを握ったまま小さな笑みをもらした。

「――多分、僕もそんな未来があるのなら、見たいみたいと思っただろう」

 そうヨリが口にし途端、拓実がおかしそうに笑い出した。

「ヨリさんって、難しい文学者みたいな人ですね」
「そういう君は、さっきの台詞が詩人か作家みたいだと思ったよ」
「俺に文学的な事は無理ですよ。でも、まるでドラマみたいな話ですよねぇ」

 慣れた運転に安心したのか、拓実がシートにボスッと身を預けた。

「誰かに打ち明けても、あまり信じてもらえそうにないですし、ドラマに仕立てるには定番ものか極端に王道から外れる気もするし……。あ、でも、いつか誰かが、俺達みたいな話を書く可能性はありますよね」
「ドラマにも話題にもならない、短い小説仕立てで?」
「そうそう、そんな感じです。あッ、でも気付けないだろうなぁ。俺、本はあまり読まないですし」
「僕だって、話題になっている推理小説の他は、あまり読まないよ」

 ヨリがふむふむと答えると、拓実がパッと目を向けた。