聞きたい事や話したい事がたくさんあるのに、とうとう動けなくなってしまった私を、どうか許して欲しい。

 彼女と家族を信じて過去と向き合っていれば、もしかしたら私達が全員揃って、言葉を交わせる日もあったのかもしれないと、私は最近、そんな事を夢に見るのだ……。

            ※※※

 手紙の最後は、三人の子供の名前が一つずつあげられて、それぞれに宛てた言葉が綴られていた。

 ヨリは、少しだけ崩れた几帳面な字の全てに目を通し、自分に向けられた言葉の一つずつを読み込んだ。そうして「元気でお過ごしください」としめられた手紙を読み終えた時、声を押し殺して泣いた。

 そこに愛などないと少しでも思えたのなら割り切れたのに、だから自分がここにいるのだと思ったら、最後まで言葉を交わせなかった人を失った悲しみで胸がいっぱいになった。

 自分は、何も思われないまま誕生したわけではなかった。きちんと母に望まれ、父に名の一部を贈られて無事に生まれるといいと願われていた。

 そこには確かに、父と母という二人の拙く不器用な恋があったのだ。

 母にとって特別な人だったのだろう。他人に無関心な母が、その愛称さえも唯一覚え続けていたくらいに。そうして彼女は、その人だったから形を残すように愛し合った。

 ヨリは、生まれて初めて嗚咽が出るほど泣いた。こらえようにも、涙は堰を切ったように溢れて止まってくれなかった。

 父親が恋しかったあの頃の気持ちが蘇って理解した。

 ああ、そうか。僕は父の死を知って、ずっと泣きたかったのだなと、ようやくヨリは気付かされた。

 いつの間にか、再開した大雨が激しく窓ガラスを叩いていた。まるで、この悲しみ語るような土砂降りの音に守られて、彼は一人の男のためだけに咽び泣いた。

 
 きっと、この雨もいずれは上がって、晴れ間をみせるのだろう。

 何事も知らなかった頃には戻れない。でも新しい視線で見る世界は、確かにこれまでよりも開けて美しく見えるのだろうとヨリは思った。