当時の彼女との事は、遠い思い出の向こうにしまって色褪せたはずだった。

 ――だが病室のベッドの上で、私は最近、彼女の事についてよく思い出す。

 亡き両親や、妻や、友人達は私を「ヨリ」と呼んでくれていた。彼女が私を少しでも親しく感じてくれていたのなら、もしかしたら、私の名前のが入ったその息子を「ヨリ」と愛称付けて呼んでいるのではないかと、そんな光景を想像してしまうのだ。

 その名前の中には、確かに私との思い出が生きている。

 他者に無関心な彼女が、そうやって私の事を覚え続けてくれているのなら、どんなに喜ばしいだろうかと、私はそんな事を考えてしまう。

 あの頃は気付かなかったが、私達は子が出来るまで、確かに愛情深く互いが寄り添い合っていた。彼女は、いつだって飽きずに私の顔とホクロを見ていた。

 一目見て決めたのよ、と、出会った時に言った彼女。

 今になって思い返せば、それは簡単な答えがあっての事だったのかと、苦笑せずにはいられない。どこか不器用で、疎くて。そうして私もまた、あの公園で彼女の横顔をずっと見ていたくせに、愛も恋も知らない一人の未熟な男だったのだ。

 もし我が子を愛を込めて「ヨリ」と呼んでいるとしたのなら、彼女にとって私は親愛なる協力者で、そうして初めて情愛を抱いた異性だったのだろう。

 私にとっても、あれが拙い初恋だった。

 産まれた年から数えると、彼は今年で二十八歳になるはずだ。ちょうど、私が彼女と出会った時と同じ年齢だが、一体どんな青年へと成長しているのだろう。