「――君は、僕が条件を出してもいいと、言ってくれたね」

 私は、彼女を見下ろしながらそう言った。私は、あの頃彼女が求めた条件とやらを、まだ提示していなかった。

「そうね。言ったわ」

 でも結婚は駄目よ、と彼女は冷静に答えた。近々、こうなる事を知っていた思慮深い眼差しをこちらに向けたまま、私の頬にそっと手を伸ばす。

 私は、自分の頬にあてられた彼女の、細く冷たい手を握りしめた。そこから伝わる熱は、彼女の予想を少し超えていたようで、少しだけ驚きに目を開くのが見えた。

「あなた、苦しそうね」
「男は、みんなそういうものだよ」
「そう。大変ね」
「女性だって、もっと大変なんだ」

 私が苦しそうに言うと、彼女は「知っているわ」と淡々と答えた。こちらを見つめる黒曜石の瞳には、微塵の不安さえ見えなかった。

 信頼されているのだと分かった。私は、熱のこもった目で悩まし気に微笑んだ。

「どうして手を伸ばしたの」

 そう場を和ませるように問いかけたら、彼女が「どうしてかしらね」とその感情を見出せない様子で呟いた。

 だから私は、痛くならない程度に彼女の手を握る手に力を込めた。この心に、今、込み上げた全てが、彼女に伝わってくれればいいのにと願いながら。

「僕の条件は、一つだけだ。子供の名前を、一緒に考えさせてほしい。男の子と女の子、どちらでもつけられるように、二人分の名前を一緒に考えるんだ」
「――それだけでいいの?」
「ああ、それだけでいい。君の子であると同時に、その子は僕の子でもあるんだろう? 名前を知らないままでは、僕はこの行為を自分で許す事が出来ない」

 特別な行為なのだ。命を産むという神秘と、この心を、私は蔑ろには出来ないだろう。