「最近は肌寒くなってきたから、雨が降った時は気をつけるんだよ」

 よく彼女にジジ臭いとも言われたが、私は気にせず今日もそう声をかけた。続いて食卓に並んだメニューについて説明したのだが、ふと、彼女が座らないでいるのに気付いた。

 見つめ返してみれば、彼女がぼんやりと私の姿を黒曜石のような瞳に映していた。

「どうしたんだい?」

 私が食卓へ着席を促すと、彼女は僅かに首を傾げてみせた。

「あなたって、超が付くお人好しよね。どうしていいか分からなくなる事があって――バカみたいに優しい人ね」

 彼女が唐突に振ってくる言葉は、いまだ理解に難しい事がある。これは出会った時から変わっておらず、私は自分なりに深くは考えないまま相槌を打った。

「褒められているのなら、光栄だね」
「卑屈になっては駄目よ。褒めているのだから」

 子供が出来た時のために、自炊の腕を上げておきたいという彼女の要望から、この食事の習慣も始まっていた。不思議と、私の作った料理はきちんと味覚を感じられるらしい。

 けれど、いつか遠くない日に、その終わりがくるだろう事は互いが予感していた。

 交わす眼差しの僅かな温度の変化を、私達は敏感に悟ってしまってもいた。でもこれは、きっと異性愛ではない。とても近いが、きっと本物には遠い。

「さぁ、食事をしよう」

 私が誘うと、彼女は「そうね」と答えていつもの場所へ座った。そうして、いつものように二人の食事が始まった。

 彼女が私をどう思っているのか、本心を聞き出した事はない。そばにいる事に安心を覚えて肩に寄りかかり、親切や助言を素直に受け取って私の話を聞いたりした。

 食事を済ませた後、私達はいつものようにベッドに腰かけた。

 すぐに話しは始まらなかった。私達は、互いを見つめ合っていた。そうして初めて私が彼女の肩に触れ、丁寧にベッドへ押し倒しても、彼女は驚いたような反応は示さなかった。