若い男達の冗談めいた妄想話を聞けば、落ち着けない気持ちで就業まで過ごした。恋人のいないらしい噂の美女を勝ち取るためには、誰かが彼女と寝る方が早いのではないか、と――そんな下らない話題を出している男子学生達を叱りたくなった。

 これは嫉妬からくる焦りではなく、私が抱えている気持ちはきっと愛とも違う。

 私は自分に言い聞かせた。だって私は一人の教師として、そうして彼女が信頼した友人として、彼女を寂しさや孤独から守りたいと思うようになっていたから。

 彼女は、美しい女性だ。求める男性は多く、とくに年頃の青年達は彼女が欲しくてたまらないだろう。けれどどうか、彼女にひどい事をしないで欲しいと思った。彼女は、確かに一人でなんでもできる賢くて素晴らしい女性であるのかもしれない。

 でも寂しさを抱えた、心の綺麗な純粋な女性であるのだ、と。

 君達は、初めての彼女を優しく抱けるのか? きちんと愛して、彼女を今の寂しさから守ってあげられるのか? もし、私なら――。

「怖い顔をされて、どうしました?」

 廊下を歩いていた生徒に、そう声をかけられて私は我に返った。私は、自分が抱えているこの気持ちがなんなのか分からなくなっていた。

 その日の夕方も、彼女は私の部屋にやってきた。

 雨が降り始めたのは、彼女の来訪に合わせて私が食事を完成させた時だった。玄関の開閉音が聞こえてすぐ、窓の外がひどい雨音に包まれた。

「君が濡れなくて良かった。風邪を引くと大変だ」
「平気よ。私は傘を持っていたもの」

 彼女は言いながら、慣れたように部屋へと上がってくる。

 出会って少しが経った頃、彼女にはこの部屋の合鍵を渡してあった。一度外で待たせてしまった事があり、申し訳なくなって合鍵を作ってやったのだ。