その女性は、群を抜いた成績と美貌の持ち主であるらしい。成績トップながら、黒髪黒目の、二十歳そこそことは思えないほど妖艶な体つきをしているのだとか。

 とくに男達の中では有名な話らしかった。噂好きの男子大学生だけにとどまらず、講師の中でも酒の席で話題に上がったりしていた。

 私はそういった噂話には疎いから、あまり詳しくは知らないでいた。それでも、一回りも二回りも大きくなった噂は、私の耳にも入ってくるようになるほどだった。

 男を負かす頭の良さ、大学のマドンナで、とにかく完璧な女性……私にとっては、縁のない別世界のような話だったので「はぁ」「なるほど」と相槌は打てど興味はなかった。

 恩師は、そんな私を心配したようだった。

「君、結婚はしないの?」
「はぁ。いえ、とくに今のところ予定はありませんが」
「恋人は? 気になっている女性だとか」
「いませんよ」

 私がそう答えるたび、周りの者は大袈裟に驚いたりした。当時私の周りがほとんど既婚者、もしくは早々に結婚していく者が多かったせいもあるのかもしれない。

「まずは髪をちゃんとして、コートくらいビシッと決めてみてはどうだろう? 良ければ、お見合いをしてみるのもいい」

 そう何度か話を持ちかけてきた恩師の一人は、私が早くに家族を失っている事を気に掛けてくれてもいたのだろう。家庭を持つべきだと温かい言葉で励ました。

 確かに、私もいずれは結婚をするだろう。

 だが、今はその時ではない気がしていた。私の頭の大半を占めるのは、学びと、本と生徒達だった。友人達も「縁はあるものだから」と私を励ましてくれていた。