「父の病状は、今年に入ってから悪化する一方で、春先からは、退院予定のない入院生活を送っていました。一人で長く過ごす時間も多くて、そこでこの手紙を書いたのだと思います。手に力が入り辛いから、文字が崩れてしまっている部分もあって……」

 話す拓実の声が、微かに震えた。弱り果てた父の最期を思い出したのだろう。そう分かって、ヨリは声をかけなかった。

 ただ、ここで読むべきではないだろうとは理解していた。だから、手紙の原稿を丁寧に封筒へ戻した。そのまま立ち上がると、帰りを察した拓実も鞄を持って席を立った。

「今日は、あなたと会えてよかった」

 向かい合ってすぐ、拓実が切り出した。

「あなたの名前を出したおかけで、佐藤さんっていう変な人には絡まれましたけど……周りの人から聞いていた通り、いえ、話しをしてみて良い人なんだなって分かりました」

 ヨリは、自分よりも少し低い拓実を見つめ返した。半分血が繋がっているせいか。自分とは似ていない彼に、不思議な縁を覚えた。

「僕も、君に会えて良かった。佐藤さんが迷惑をかけたとは思うけど、彼は悪い人ではないから、どうか嫌わないであげてほしい。僕には、自分の善し悪しは分からないけれど、こうして君と話せて良かったと思う」

 自然と手を出せば、拓実が遅れて気付き握手を返してきた。

 二人でマスターに礼を言い、店を出た。頭上には重々しい雨雲が広がっていたが、数日振り続けていた雨は、もうやんでしまっていた。