困った。ヨリは、どうしたもんかと悩んだものの、拓実に社交辞令のように「お疲れ様です」とグラスを向けられた。お互い、ぎこちなく笑って新しいグラスを口許で傾けた。

 会話が途切れた店内に、ピアノのクラシック音楽が穏やかに響いていた。ハイペースでんでいた客がいなくなった事で、マスターがワイングラスを磨き始める。

 これからどうしようかと、ヨリはぼんやりと酒を飲んでいた。

 その隣で、拓実がそわそわと落ち着かなくなって、何度か忙しなく酒を口にした。そうして自分のグラスを見つめると、唐突に「あのっ」と声を上げた。

「突然の事で、ヨリさんは戸惑われるかもしれませんが、実は、その……俺は佐藤さんに紹介される前には、既にあなたの事は知っていました」

 緊張で肩を強張らせた拓実は、切り出した勢いに任せるように言葉を続ける。

「あなたの名前を、最近とある経緯で知って……それで、俺…………実は、個人的にあなたの事を調べてもらっていたんです」

 探偵に、と、彼は消え入りそうな声でそう告げた。

 ヨリは「探偵」とオウム返しのように呟いた。嘘のつけない、もしくは自身が嘘を貫き通す事が許せないという素直な性格が、語る拓実の声には滲み出ているような気がした。