こうなった佐藤は、少しだけ面倒な男になる。ヨリは、自分と彼との間に挟んだ拓実に任せるように冷静を保ちつつ、目も向けずにひとまず言う。

「佐藤さん、頼みますから、僕に下ネタの話を振らないでください。鉄拳を見舞いして、この場で沈めますよ」

 ひやっとした冷気を感じたのか、「え」と拓実がヨリの横顔を目に留めた。少し、佐藤が言葉を詰まらせる。

「うーん……お前だったら、本当にやってのけそうで怖いんだよな。そういやこの前の打ち上げの時も、俺、最後の記憶がプッツリ途切れてんだよね。あれはお前の仕業だって課長が言っていたけど、それってマジなの?」
「総務の子が迷惑がっていたので、課長の許可を得て、後輩である僕が責任を持って、先輩である佐藤さんを大人しくさせました」
「なるほど。けど、今沈められたら、俺の楽しみが減っちまうしな。うーむ、困ったもんだぜ」

 ヨリは幼少期から高校在学中まで、母親が推薦した複数の道場に通っていた。会社の行事などでひったくりや強盗犯と遭遇し、その場で犯人を沈めた実績もある。

 妙な特技だと周りからは言われるが、ヨリにとっては一般的な自己防衛術だ。そんな無自覚な格闘家を前に、佐藤が溜息をこぼして拓実に寄りかかった。

「あーあ、お前が女だったら大好物な反応だったのになぁ。そしたら、いろいろ楽しかっただろうに」
「ひぃッ、俺に近寄るんじゃねぇ!」

 佐藤が面白がって、逃げ腰の拓実の肩に腕を回し、夜間に伸び始めた髭面を彼の頬に押し当てた。拓実は「気持ち悪い」「じょりじょりする」と嫌悪感丸出しで訴える。