「お連れ様は、いかがされますか? 辛口から甘口まで、ご要望があれば好みのものを提供させて頂きますよ」

 問い掛けられた拓実は、佐藤の斜め後ろで硬直していた。マスターの威圧感に、すっかり怖気づいてしまったようだ。

 佐藤が、ひとまずカウンター席に促した。拓実は彼の隣に、そうしてヨリがその隣に腰かける。

「えぇと、あの、俺はあまりこういう店に来た事がないので、ハイボールとかでも……」
「それでは、口辺りが優しいものにしましょうか。ヨリさんもよく飲まれているものがあますから、よろしければそちらをご一緒にご用意しましょう」

 マスターは、常連だった佐藤に「こいつ、ヨリ」と紹介されてからは、同じくそのまま愛称で呼んでいた。

 拓実は、チラリとヨリを見やった。それから、ぎこちなく視線を戻す。

「じゃあ、それでお願いします」

 そう答えられたマスターが、愛想笑いの一つも作れない顔で小さく頷いた。

 店内には、ゆったりとしたクラシック音楽が流れていた。しばらくもしないうちに、それぞれの前に酒が出された。佐藤は大きめの濃いカクテルグラス、ヨリと拓実の前にも一杯目のカクテルが並んだ。

 酒を少し口にしたところで、手元に視線を落としていた拓実がぎこちなく顔を上げた。隣の佐藤を見て、それからヨリへと顔を向けて改めるように口を開いた。

「……その、自己紹介というか、挨拶が遅れてすみませんでした。俺、有澤拓実といいます。よろしくお願いします」

 そう言って固い笑顔で会釈をしてきた。ヨリも、条件反射で自己紹介をした。聞き慣れない珍しい名字だとでもいうように、拓実が何度か口の中でそのフルネームを繰り返す様子を見つめる。