しばらくすると、古びた一つのビルに辿り着いた。灯りもない細い階段を上がっていくと、「隠れBARおろち」の小さな看板と錆ついたドアが見えてくる。

 そこは佐藤が気に入っている店の一つで、ヨリも今やすっかり通い慣れた場所だった。入り口で傘を置いた拓実が、訝しげな表情で古びれたドアをじろじろ見やる。

「ここが、次の場所……?」
「そうさ。大人の男が、静かに過ごせる隠れ家みたいなもんだ。どうだ、俺って格好良いだろ?」
「口にしちゃったら雰囲気台無しです」

 確かに、と話を聞きながらヨリは思った。

「減らず口だなぁ」

 笑った佐藤がドアを開けた。薄暗い店内には、カウンター席が七つ、三人掛け用のテーブル席が四組あったが、週の半ばとあって他に客の姿はなかった。

 営業時間も夜の八時から一時までと短く、マスターが趣味でやっている事もあって営業時間も変動する。置かれてある酒の種類は多いが、料理はほとんどない。

 三人が入店してすぐ、カウンターにいたマスターが佐藤とヨリを見た。

「おや。いらっしゃいませ、本日は三人ですか」

 BRAの店主である彼が、渋い声で先にそう言ってきた。五十代にさしかかった大男で、着こなしたバーテンダーの格好が様になっている。

 鋭い眼差しや立ち姿から発せられる威圧感は、彼自身の経歴にひどく興味を抱かせるものだったが、客の誰も彼の素性を知らないでいるのだとか。そのミステリアスなところもまた、佐藤のお気に入りであるらしい。

「今日は新規を一人連れて来た」
「左様でございますか。お二人は、いつものでよろしいでしょうか?」

 彼は太い指で、丁寧な仕事をする男だ。記憶力は良く、客一人一人の酒の好みも全て把握している。続いてマスターは、新しい顔ぶれへ目を向けた。