彼の家は母子家庭で、母が言うには彼は父親似であるらしい。彼女が気に入っていたという目の下のホクロが、その男とは瓜二つだというのは何度か聞いた。

 ――名前しか知らなかったが、確かに自分には血を分け与えた『父親』がいる。

 詳細は知らないし、認知だってされていない。ただ子だけが欲しかった母の戯れに付き合うかのように、それを約束して丁寧に妊娠させてくれた男、と彼は認識している。

 幼少期の頃は、彼も父親の存在がない事に対して少なからず気にした事もあった。しかし、大人になってからは忘れていた。

 だからこそ、つい最近、新聞でその名を見つけて動揺した。

 何故、こんなにも動揺させられたのか分からない。同性同名かもしれないと思いながらも、彼は気付いた時には、すぐ実家にいる母親に連絡を取っていたのだ。

 あの日、母は訝しげに彼の話を聞いた後、手元の新聞を探って、まるで天気予報でも見たかのような口調でこう言った。

『ああ、確かに彼ね』

 たったそれだけだった。二、三度、顔を合わせた事のある古い知人の名前でも、そのような薄い反応をする人は少ないだろうと思われた。

 好きではなかったんですか? 本当に、ただの好奇心で……?