「僕に無理やり話しを振るのは、やめてもらえますかね。そのような状況を見聞きした事はありません」

 ヨリは、半分まで減った海鮮丼にわさびを追加しつつ、間髪入れずそう告げた。

 佐藤は食後の暇な時間を、初心な拓実の顔色を赤くさせたり青くさせて楽しんでいた。ビールを四杯飲んだところで、すっかり全員の食事が済んだ場を目に留めて席を立った。

「よし、次行くか」

 次、と、ヨリは少しだけ考えてから彼に続いた。

「ああ、確か次はメインのBARでしたっけ」
「そうそう、いつものところだ」

 鞄を手に取った佐藤が、靴を掃きつつヨリを見る。

 その時、数秒ほど状況把握に努めていた拓実が、慌てて腰を上げこう言った。

「ちょッ、待ってください! 俺は、次の店まで付き合うなんて言ってな――」
「社会人の鉄則だろぉ? 大丈夫、綺麗な姉ちゃんはいねぇが、渋くてダンディーなマスターが一人いる静かな店だからさ」
「だから、俺は同性愛者じゃねぇって言ってんでしょうが!?」
「あはははは、お前たった一杯で酔っぱらってんのか?」
「酔ってるのはあんたの方だろが!」

 拓実の猛抗議にも関わらず、佐藤は笑顔のまま男らしい腕で彼を引きずり出した。そのまま気前よく三人分の料金を払うと、店の外へと出る。

 少し弱くなっていたものの、相変わらず雨は続いていた。佐藤の強引っぷりに諦めがついたのか、心底嫌がって鞄を抱えていた拓実も「わかりましたよ」と渋々答えて、それぞれ傘を差して徒歩十五分の距離にあるビルへと向かった。

 靴や靴下やズボンの裾を濡らしながら、三人は歩いた。ヨリと拓実は、とくに目も合わさないまま佐藤の後をついて歩く。傘を叩く雨の音の向こうから、ほろ酔い心地で歌う佐藤の、調子の外れた鼻歌が聞こえていた。