するとタクシーは、数分もかからず目的地に到着したらしい。運転手に料金を告げられて答えた佐藤の声が、しばし受話器から遠のいた。

 タクシー内の実況中継をされても困る。相手を待たられない性格のヨリとしては、用件は分かったので、とりあえず急ぎ支度して家を出たいところだ。

「電話、切ってもいいですか?」

 尋ねてみたが、まだ佐藤の反応はない。

 ヨリは、ここからいつもの居酒屋までの距離を考えた。ここから徒歩だと、三十分くらいは必要だろう。

 個室席が完備されている小さな居酒屋だ。酒の種類は少ないが、定食メニューが豊富で、夕飯ついでに会社の人間とよく入る店でもあった。

「佐藤さん、聞こえますか? 今から支度しますが、恐らく七時までには間に合いません。少し遅れると思いますが、それでいいですか?」

 確認してみれば、すぐに電話の向こうから『聞こえてる』と返事があった。

『了解した。とりあえず、一旦そこで飯を食ってから、BARにでも寄るか』

 その時、電話の向こうで佐藤が『あっ、いた!』と楽しそうな声を上げた。と、同時に、別の方向から小さく『げっ』と拒絶の声が上がる。

「佐藤さん? 一体何をしているんですか?」

 こちらから呼び掛けても、佐藤は返事をしなかった。彼の『ちょうどいいところに』という声と、『なんであんたがここにいるんですか』という別の男の批判が聞こえたかと思うと、男同士の取っ組み合いのような音が始まって、にわかに電話の向こうが騒がしくなる。