「…………僕は、いったい何をやっているんだろうか」

 何度目か分からない呟きが、ふっと込み上げた。

 見知らぬ人間に調べられているのは、決して気持ちのいいものではないだろう。そこを理解していながら、ヨリは探偵会社を利用してしまっていた。

 ――よし。あれは、もう捨ててしまおう。

 昨日、見かけた茉莉の姿を思い起こした途端、ヨリはそう思い立った。本を閉じて自室へ向かうと、机の上の報告書を手に取った。

 一応は個人情報だ。シュレッダーはなかったので、ハサミで細かく切っていく事にした。父親である男の名前ものった報告書は、はらり、はらりと紙くずとなってゴミ箱に落ちていった。

 今の自分に、多くの時間がある事を考えると、いよいよ何かをやる気になれなかった。読書にも気が向かず、テレビを付けて適当なチャンネルで番組を流し見た。

 やがて、会社で耳にした名前のドラマが始まった。男女の恋愛が絡んでとくに人気であるらしい、とは聞いていたが、とくに胸に響いてくるものはなかった。

 ――自分の母はどうだっただろうかと、なんとなく考えさせられた。

 ヨリが知る限り、彼女はテレビの中の女性のような「青春」や「恋愛感」のイメージはなかった。物心付いた頃には女社長をやっていて、家で会社の愚痴や弱音をこぼす事は一切なかったし、昔から合理的な理由以外にあまり他者へ関心を示さなかった。

 けれど母には、その欠点を補うかのような母性愛が存在しているのも確かだった。

 彼女は「世界で一番」と堂々と口にし、ヨリを溺愛している。自分が腹を痛めて産み、自分の血を受け継いだ特別な子なのだと、彼女は何度だってそう口にした。

 それは愛なのかと、ヨリは幼い頃に尋ねた事がある。

 母は、いつもの妖艶な笑みを浮かべた。それ以外の喜怒哀楽の片鱗を、彼はあまり見た事がない。すると彼女は、お決まりの台詞を交えてこう言った。