こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは、実に学生時代以来だと、彼は遅れながら気付いた。

 今年で二十八歳になった。先日、唐突に「休みが欲しい」と上司に相談した。嫌な反応をされるだろうなと構えていたものの、あっさりと許可をもらえた。しかも、有給休暇として消化してくれるらしい。

『君は、何かと働き詰めだからね。他の社員のように、きちんと長期休暇を取って欲しいとは思っていたんだよ。適当に一回ずつ休みを入れてもね、休めないものだよ。せっかくだから、溜まっている分の有給を少しは消化したほうがいい』

 簡単に休める立場ではなかったが、意外にも上司や先輩が協力を名乗り出てくれた。年齢の割に人生に若さや潤いがない、という一致団結した妙な同情の眼差しを寄越された。

 それは、彼には理解が出来ない事だった。

 けれど正直、休暇が取れた事は有り難かった。最近はぼんやりする事が増え、珍しく仕事に集中できない日が続いていた。これまで気にした事もなかったというのに、突如出てきた自分と繋がる出来事に、少なからず動揺もあったのかもしれない。

 癖のない髪。彫りある顔立ちながら、男性の平均身長を超える背丈。他の者に言わせるとやや明るいらしい目。陽に焼けても白いままの肌と、左目の下にある小さな二連のボクロ。

 そんな彼の容姿は、どれも母親とは似つかない特徴だった。