すると若いその男が、どこかおかしそうに笑った。整った顔に浮かんだ微笑は、格好つけて颯爽と歩く姿からは想像出来ないほど、どこか若々しさを感じさせるものだった。

「会社勤めかぁ、いいですね。朝が早いのは厳しいけど、週末は休みだし有給もある。でも、まっ、俺はこの仕事があるからなぁ」

 男は、残念そうでもなくそう呟いた。根っからの接客向けの性格をしているのか、スムーズに次の言葉を切り出してヨリに言う。

「足を止めさせて、すみません。今日はつい、話しが続いてしまって」
「いえ。僕の方こそ、なんだかすみません」

 ヨリが、慌てて会釈を返すと、彼が自然体な感じで笑った。

「いやいや、話せてよかったです。俺、あなたと挨拶するのは嫌いじゃないですから」

 彼はそう告げると、慣れたように手を振ってエレベーターに乗っていった。

 顔を見かけたら、今後も引き続き挨拶してくれるという事だろうか。迷惑ではないかな、とか、たまにチラリと考えてしまったりしていたもいた。

「まぁ……それならそれで、いいのか」

 ヨリは、彼に対して少しだけ肩が軽くなるのを感じつつ、目的の場所へと足を進めた。

 一階にあるコインランドリー室には、他の人の姿はなかった。彼が洗濯物の仕上がりを待っている間に、スーツや学生服の人がまばらに扉前を通り過ぎて外へ出ていった。

 外の雨は、変わらずやむ気配がなかった。時刻は午前七時を過ぎていたが、夕暮れ時のようにどんよりと薄暗かった。

 乾いた洗濯物を持って、部屋へと戻った。

 家事を済ませた後、外に出る気も起こらず、読んでいなかった推理小説を持ってリビングのソファに腰を下ろした。

 書斎机に置いてある、例の報告書の存在がまた脳裏を過ぎった。新たな興味などは出ておらず、一度目を通した内容を、再び確認するような好奇心はわかない。