入社した頃は、立派なオフィスに慣れるまで時間がかかった。研修期間を経て、配属部署が正式に決まって仕事が始まった。与えられていたデスクのリーダーであった佐藤が部長補佐へと昇格し、ヨリがデスクのリーダーとなり――今に至る。

 忙しくないといえば嘘になるが、辞めたいと思って事はなかった。プライベートを忘れて仕事に向きあっている時間というのが、彼の性に合っていた。

 先程見た茉莉の人柄を考えると、弟の方も社交性や順応性があったするのだろうか。調査報告書にあった写真の横顔には、就職二年目の苦労な印象はなかった。

「……ああ、そろそろ本日のメイン業務は終了か」

 時刻は、そろそろ午後の五時に近付いている。通行人の数が増え、雨音とは別に人々の雑踏が街に溢れ始めていた。

 うちの会社も、ほどなくして定時退社のための準備が始まるのだろう。そう思って腕時計から目を離したタイミングで、胸ポケットに入れていた携帯電話から着信音が上がった。

 今はスマートフォンが流行っているが、ヨリはプライベートでは使い慣れたガラケーを使っていた。仕事用にそちらも持っているが、休みの間の緊急連絡などは全てこちらで対応している。

 着信画面を確認すると、そこには佐藤の名前があった。ここで足を止めると通行の邪魔になるだろうと辺りを見回し、数人の男女がいるバス停の屋根の下に入った。

「どうされたんですか?」
『どうよ、連続休暇は楽しんでるか?』

 傘を閉じて電話に出た途端、向こうから笑うような問いかけがあった。その調子がいい声は、ヨリの脳裏ににやつく佐藤の顔を連想させた。