まさか言葉を交わす事になろうとは思っていなかったが、彼は見る事以外に何も目的がなかったので、ただただ一人の客として冷静にそう答えた。

 茉莉は、愛想笑いの忘れた顔で目を見開いたままだった。

「そう、ですか」

 ようやく、絞り出すような声でそう言った。見開いた目から大きな黒い瞳がこぼれ落ちてしまいそうに感じて、かえってヨリは少し心配になった。

 普段からヨリは、会社で愛想がないとよく言われたりした。

 素直そうな若い娘には、少々きつい感じの言い方にでもなってしまったのだろうか?

 特に、普段から女性とは話す機会があまりなかった。同期で一番接客術に長けている藤川のように、愛想笑いの一つでもうまく出来る人間だったらよかったのな、と今更ちらりと思ってしまう。

「珈琲、すごく美味しかったよ。またの機会に頂くとしよう」

 藤川が言いそうな言葉を考え、そう続けて口にしてみた。笑って見せたつもりだったが、ヨリの表情は困ったような微笑になっていた。

 すると茉莉が、途端に我に返ったような顔で「すみません」と謝ってきた。

「あの、困らせるつもりは全然なかったんです。その、ちょっとぼんやりしてしまったというか…………勝手に驚いてしまって、すみませんでした」
「いや、気にしないでくれ」

 やはり驚かせてしまったのかとヨリは思った。認めてしまえば社交性がない。威圧感を与えた覚えはないが、言葉も表情もあまり豊かではない自覚はあった。

 茉莉は、会釈をして去っていこうとした。しかし、ふと、ヨリを振り返った。