♢ケース2 リベンジポルノの被害者

『リベンジポルノの被害にあっているので、呪いのアプリを入手したい。私、死にたいの』
 幻人のサイトに連絡が入った。よくある話なんだけれど、ちょっと珍しいのは、少しばかりの傲慢な理由だったんだ。

 最初は自殺をしたいと願う女子高校生の美沙(仮名)が呪いのアプリを入手したいという案件だった。その後、幼馴染の男子高校生の青空(仮名)が別件で依頼してきた。
『美沙がアプリの入手を申し入れてきたら、受け入れないでほしい』

 基本、受け入れるのが常なんだけれど、何か別に抱えたものがあるのだろうと、双方の様子を見ていたんだ。もしかしたら、片思いの青空が美沙に対する純愛のために美沙を守るのかもしれないと思ったからだよ。少しばかり私に刺激と感動を与えるに値するだろうか。見極めようと思ったんだ。

 呪いのアプリの仲介は私の匙加減ひとつ。つまり、私が面白いと感じたり、仲介したくなった場合に限るんだよ。それは、正しくない行いでも構わないと思っている。つまり、殺したいとか個人的な欲望での仲介も行うけれど、つまらない場合は仲介しない主義なんだ。趣味だからね。こちらの利益は人間ドラマを見せてもらうことでアプリの仲介をしているだけ。全くお金が入るわけでもなく、誰かのためでもない。

 仲介の理由は私欲に尽きる。ただ偽善者でありたいと私は願い続けるだけだ。

 ここに書くのは、私がなぜ仲介なんかしているかということを世間の皆様にお伝えしたいからだ。なぜならば、私は、ただ死にたいとか殺したいというだけでは仲介はしていない。ちゃんとした理由とアプリによってどんな結末を望むのかを聞いてから私は判断する。そのことだけはわかってほしい。

『なぜ美沙に渡してほしくないのか?』
 そう尋ねると、青空は返信して来た。

『美沙は家庭教師の男に脅されている。だから、その家庭教師を殺してほしい。彼女には生きてほしいんだ』
 まるで殺人仲介人にでも依頼しているかのような文章に戦慄を受けたよ。
 実際殺人仲介人なので、納得したものの、意外と殺してほしいと正直にストレートに書く人は珍しいんだ。

 だから、自殺をしたいと美沙は言ったのかと納得したよ。
 本当でも嘘でもいい。面白い話が聞きたい、それだけなんだよ。
 皆さんも小説や漫画を読むのは、本当ではない話だと知っていて読むよね。
 まさか、本当にあった話じゃないから読まないなんてことはないはず。
 私の感覚はそれと同じだよ。

『脅しというと?』
『最初は軽い気持ちで交際したんだ。でも、裸を動画に撮られていて、それをネタに今も揺すられている。相談されたのは俺だけだから親たちは知らない。美沙は死のうとしている』

『裸の姿をネタに脅されているということですね』
 美沙の方に確認をする。

『私、脅されていて……私が死ぬか、彼を殺したいという衝動で悩んでいるんです。そうしないと、世界に裸を拡散するって言われてます。お願いします』
 必死そうな文字だったけれど、本人に会っているわけでもないから、本当かどうかなんてわからない。どの程度苦しんでいるかなんてわからない。

 美沙がどうなろうと私が知ったことではないが、とりあえず、家庭教師の連絡先を聞く。お互い連絡先は入っているので、通常通り呪いの子どもを発動させてほしいとのことだった。

 私は、美沙を呪い主にして、呪いのアプリを家庭教師である大学生の山内に入れた。その男は、なぜ美沙が付き合ったのかわからないほど、容姿は醜かった。アプリを入れると私には相手の様子が見えるんだ。だから、はじめて山内という男を視覚的に知ったんだ。彼と話していると色々な話が聞けたよ。

 山内は彼女がいたことがない地味で冴えない大学生だった。大学もFランクと言われるあまり有名ではない大学の学生だった。大人しそうな男が、女子高生を脅しているのか興味が出たんだ。そこで、呪いのアプリを一通り説明した後、個人的に聞いてみたんだ。呪いの子どもを通じてだけどね。

「君は、彼女はいないの?」
「彼女もいないし、バイトもクビになるし、最近いいことないと思ったら呪われたよ。俺なんかよりずっといい生活している人間を呪えばいいのにな」
 脂ぎった髪の毛の艶が哀愁を漂わせていたよ。さらに、呪いの子どもを通して話してみたんだ。

「怨まれるような記憶もないの?」
「ないよ。女子と話したのも家庭教師を急遽辞める人が出たからって代理で教えた女子高生が最初で最後だな」
「家庭教師はもうやっていないの?」
「以前、家庭教師会に登録だけはしていたけれど、Fランクと言われる偏差値の低い大学卒業じゃあ依頼もなくて、忘れてたんだよ。そんな時に、急に有名な秀英大学の学生が辞めたから急遽代理で頼むと家庭教師会に頼まれたんだ。かわいい子だったけど、1回きりで断られちゃってね。やっぱり大学のネームバリューが悪いのかな」

 私は察した。多分、この男は、はめられたのだろうと。
 後に、美沙にも聞いてみたが、どうにも被害に遭ったという説明が二転三転することもあり、整合性が取れていなかった。この年頃特有の、なんかムカつく、生理的に無理ということが理由なのかもしれない。この年頃というよりは、人間特有のと言ったほうが正確かな。

「家庭教師に一回だけ来た山内ってどこが苦手だったとかある?」
 呪いの子どもを通して聞いてみたよ。

「しいて言えば、口臭かな。あとは脂ぎった髪の毛と顔」
 生理的に受け付けないっていうのはよくあることだけど、きっとそういうのが許せなかったのかもしれないね。

 青空と美沙は実は密かに付き合っているらしく、スマホの履歴には愛を語るメッセージが飛び交っていたよ。こういう幸せな奴ってある意味ムカつくよね。リア充感満載でさ。

 そういうの嫌いじゃないからね。依頼するほうも命の重さとか微塵も考えていないクズだし、そういう奴が呪いのアプリに群がる確率は非常に高い。
 もちろん、ちゃんとした許せない感情をかかえた真剣な者もいるけれど、全てがそういうわけじゃあない。

 ただ、ムカつくとか生理的に受け付けないとかそういう類で呪われたと思われる男をただ、私は傍観することにした。

「呪いの子どもと話していると、孤独が癒されるよ」
 山内は友達がいなかったし、慕われたこともない様子だった。
 一人暮らしの山内は弁当屋のバイトをしていたが、そこでも失敗して怒られてばかり。人間関係が円滑に行えない典型的な人間だった。見た目も性格もとても惨めで賢さはない。こんな奴でも大学に入ることができる世の中なのだなと思えたくらいにね。

 そんな顔も髪の毛も脂ぎった彼には、もっと惨めで長い長い人生を送ってほしくなった。真面目に働いてもたいして収入を得られないだろう未来も見えていた。きちんとした会社に就職もできないだろう。結婚もできないだろう。彼女もきっとできないだろう。――でも、彼は死にたいと言わなかった。

 呪われても誰に呪われたのか気づきもしなかったんだ。賢くない人間は割と好きだ。

 ただ、偽善者でありたいからね。

「山内さん、呪い主のことわかったの?」
 呪いの子は聞いたよ。

「わかんないよ。俺、みんなに嫌われているからね」
 苦笑いで当然のように言う山内に心が揺らいだんだ。動かされた感じがした。これは、私の基準だから、ヒントを出したんだ。

「君のスマホに入っている連絡先で女子っている?」
「いたかなぁ?」
 鈍臭い山内はスマホを確かめる。連絡先は一般の人よりもかなり少なかった。友達が少ないからね。

「そういえば、家庭教師を一度だけやった美沙っていう子の連絡先が入っていたけど、あとはいないよ。彼女には一度きりで断られちゃってね。教え方が悪かったのかな」
 教え方だとか大学の偏差値が悪いとしか思っていない馬鹿な山内が少しばかり愛おしく思えたよ。容姿が生理的に無理というだけで断られたなんて微塵も思っていないんだ。

「もう、連絡しないんでしょ。消してみたら」
「それもそうだな」

 消去ボタンを押したが全く消去できない。
「あれ、おかしいな。呪いのアプリが入っていると消去できないのかい?」
「呪い主じゃなければ、消去できるとは言ったよね。連絡先が変わっている場合も消去してもいいよ」
 気づいたら、だいぶ山内という男に加担していたよ。自分とは全く違う物事を理論的に考えられない山内は自分とは異質な存在故嫌いじゃなかった。

「まさか、城崎美沙が呪い主じゃないよね」
 冗談ぽく山内が口にしたんだ。

「当ったりー」
「え……? そうなの……? ということは、城崎美沙は……?」
「今、死んだよ」
 呪いの子どもは抑揚のない声で伝える。

 その時の、戦慄した山内の表情が忘れられないよ。彼は無意識のうちに人を殺したんだから。呪った美沙が悪いけどね。青空っていう男も、すぐに新しい彼女ができたし、美沙の死をずっと心に引きづっていたのは山内だったなぁ。人は見かけで判断しちゃいけないのかもしれないけれど、きれいごとだけじゃ世の中回らないよね。

 私は、心に闇を引きずったまま生きる人間を応援したくなるときがある。平気で殺人する人間よりも、ずっと人間臭くて、すごく素敵だって思うんだ。

 闇を潜ませた負け組決定な人間に少しでも長く生きてほしいんだよね。辛く苦い人生を味わい苦味を舐めて生きてほしいと願うんだよ。