♢壮人と葉次の出会い
真崎壮人はずっと一番だった。幼稚園の頃から小学生時代、中学生時代、高校生時代――きっとずっと一番が続くのだろうと周囲の者は誰もが思っていた。高校は県内一の進学校だった。もちろん、いつも一番だった。
一番という当たり前はいつのまにか彼から気力を奪っていた。日本で一番難しいと言われている東王大に首席で入ると、今までため込んでいた無気力感が押し寄せてきた。本人にもどうしようもない止められない流れるような無気力感。壮人自身が勉強に自分を見いだせないでいた。
そして、何をしても満たされない原因は彼の実ることのない片思いにもあった。それを忘れるべく、自分のステイタスを存分に異性に発揮してモテる男を演じていた時期もあった。しかし、そんな上辺だけのステイタスは自分のキャラではないことにすぐに気づく。でも、女性に好かれることは悪い気はしないし、もしかしたら、片思いの結がやきもちを妬いてくれるのではないかと心のどこかで期待している自分に無性に腹が立った。
勉強しかできない壮人の無気力感のやり場はどこにもなかった。周囲のすごいねという形ばかりの称賛の言葉も聞き飽きていたし、周囲の羨望のまなざしとか勝手な他人の期待にも疲れていたというのが本音だった。自分の今が満たされない。つまり、今が満足できていない壮人には未来は期待の持てるものではなかった。
同級生の芳賀瀬は好きな研究ができて楽しそうだったし、カルトは何事も一生懸命手を抜くことなく努力を重ねていた。一番じゃない人間の方がずっと幸せそうに生きている。壮人は元々首席で入ることが当たり前の学力を持っていたし、入ったからと言って自分が何か変わったような気もしなかった。逆に言えば何もこれから変わる気がしなかった。同級生で同じ高校から東王大に入ったのはこの3人のみ。本気を出さずして入学したのは真崎壮人だけだったように思う。
退屈の延長上に刺激を求めて優等生を辞めた。どうせ頑張らなくても努力しなくても優れた人並み以上の学力は持っている。ストレートで卒業して、いい仕事に就いても、本当に好きな人とは結婚できない。
そんなどうしようもない不満はぶつけどころがなく、自分を陥れることで緩和されていたように思う。今まで、学力の高い人間の集まる場所ばかりにいた壮人は、髪を金髪に染めて、派手な格好をして夜の街に繰り出した。待ち合わせがあったのも理由だが、自分の知らない世界を見てみたいと思っていた。そして、外見を変えることで、周囲の対応が少しばかり違うことにも面白味を感じていた。
真面目という括りから飛び出た世界は果てしなく深く広かった。学歴を隠して出入りをしているダーツバーの者は基本的には誰も本当の真崎壮人を知らない。だから、勉強ができるというレッテルを貼られることはなく、家が裕福だということを隠していた。自分という素の人間を評価してくれるのが嬉しいと感じていた。だから、あえて東王大学の学生らしからぬ身なりにしていた。
表向きはフリーターで底辺偏差値の高校を卒業したことにしておいた。皆が知らないであろう地方の高校ということにしていたが、そこは言いたくなさげに曖昧に答えることにも慣れてきた。詐欺師ではないが、違う人を演じることは比較的面白いと感じていた。
そのきっかけを与えてくれたのは、以前から交流のあった秋沢葉次という少年だった。彼はまだ高校生にも関わらず、夜の街でよく遊んでいた。世間的に言えば不良なのかもしれないが、意外にも彼の知識は豊富だった。そして、勉強は県内一の進学校で、壮人の卒業した高校に在学していた。しかも、噂によると学校内でも一番優秀な成績という話だった。ヨージの親が放任主義なのか事情はあまり聞かなかった。彼はしょっちゅうダーツバーに入り浸り色々な年上と交流しているようだった。未成年ではあるが、ヨージは酒が飲めない体質らしく、あえて、ノンアルコールカクテルであるモクテルという飲み物を口にしていた。種類は様々あり、色合いもきれいな飲み物だった。
フルーツや花の飾られた大人びた、一見、カクテルのようなおしゃれな飲み物は高校生にとっては決して安くはないはずだ。そんな飲み物を臆することなく口にする様子は、金持ちの息子なのだろうか。ヨージはあまり自分のことを話さない。あまり詳しいことを語ろうとしない人だった。
ヨージは優等生とは思えない茶色に染めた髪をなびかせている。女子に人気のあるかわいい顔をした秋沢葉次と真崎壮人はとても気が合った。
大学に入学してから、あえて反抗的になった壮人はモラトリアムな時間を過ごしていた。あえて留年し、あえて色々な女性と交際をする。でも、満たされた気がしない。そんな本音を誰も気づかないだろうと思っていたが、ヨージは壮人の本音に唯一気づいた人間だった。
二人の最初の出会いはOB訪問だった。同じ中学出身ということもあり、壮人が高校3年生の頃に目の前に現れたのが中学3年生の秋沢葉次だった。今よりもずいぶん背は低く顔立ちも幼かった葉次は受験する高校を決める際にOB訪問をしてきた。同じ中学出身で成績が優秀だという真崎壮人を訪ねてきたのだった。彼の成績は全国レベルでトップであり、高校に落ちる余地はなかったと思う。でも、OB訪問をすることは当時普通のことだったので、快く受け入れた。当時は壮人もまだ垢ぬけてはおらず、ただ大人しいだけの少年だった。
それ以来、ヨージは同じ歳の子どもとは話が合わないという理由で、個人的に壮人と会うようになった。年上の壮人に対してとても友好的に慕ってくれていた。ソート兄さんと葉次は呼ぶようになり、壮人はヨージと親しみを込めて弟のように接するようになっていた。同級生からは得られない関係性だったように思う。
頭の回転が速く、常に面白いことを探求するヨージはいつも楽しそうにしていた。バーに来れば、年上のものたちが彼を慕い、どんな人ともそつなく接する様子は見ていて羨ましいほどのコミュニケーション能力だった。彼を羨ましく思えた。壮人が他人を羨むのはカルトとヨージくらいだったように思う。カルトは一途でまっすぐな恋愛を立花結としていることが羨ましい理由だったのは明白だ。しかし、ヨージは何か人とは違うものを持っているように思えた。だから、壮人にとってヨージは憧れとなっていた。
OB訪問以来、ヨージに色々なアプリの開発を一緒にやらないかと誘われたり、遊びに誘われたりすることで、壮人の交友関係と知識は広がった。カルトや芳賀瀬からは得られない刺激と年上である自分を慕ってくれる存在は壮人にとってとてもかけがえのない存在だった。
「好きな女性がいるから、誰と交際しても違うって思うんでしょ? イケメンなのに、不器用な性格だなぁ。もったいない」
ヨージは驚くほど何でも見抜いていた。彼の人間観察力は人並み以上のものであり、鋭い思考とまなざしに嘘をつくことは容易ではないと思い、初めて本当に好きな人の話をした。立花結の存在だ。出会いから、彼女の魅力まで自分の思いのたけをぶつけた。
今まで誰にも打ち明けなかったのは、幼稚園時代から一途に女性を好きだと言うと、気持ち悪いとかストーカーのようだとか悪い印象を抱かれないからだ。自分が培ってきたイメージが悪い方に傾くことを壮人はとても嫌っていた。それ故、心を開くことが少ない性格となっていたが、同級生ではない結とは距離のあるヨージにはなぜか心を開いていた。どうしようもない葛藤を初めて打ち明ける。すると、ヨージは笑顔で言葉をかける。
「ソート兄さん、一人の女性を想う気持ち、かっこいいよ」
それは意外で予想外に嬉しい反応だった。一人の女性に執着している自分は陰気臭くどうしようもない馬鹿だとずっと壮人は自分を責めていた。彼ならば軽蔑することはないと思い、打ち明けたのは事実だが、かっこいいという称賛までついてくるとは予想外だった。その笑顔に偽りや引いた様子は微塵も感じられないことに安堵する。
真崎壮人はずっと一番だった。幼稚園の頃から小学生時代、中学生時代、高校生時代――きっとずっと一番が続くのだろうと周囲の者は誰もが思っていた。高校は県内一の進学校だった。もちろん、いつも一番だった。
一番という当たり前はいつのまにか彼から気力を奪っていた。日本で一番難しいと言われている東王大に首席で入ると、今までため込んでいた無気力感が押し寄せてきた。本人にもどうしようもない止められない流れるような無気力感。壮人自身が勉強に自分を見いだせないでいた。
そして、何をしても満たされない原因は彼の実ることのない片思いにもあった。それを忘れるべく、自分のステイタスを存分に異性に発揮してモテる男を演じていた時期もあった。しかし、そんな上辺だけのステイタスは自分のキャラではないことにすぐに気づく。でも、女性に好かれることは悪い気はしないし、もしかしたら、片思いの結がやきもちを妬いてくれるのではないかと心のどこかで期待している自分に無性に腹が立った。
勉強しかできない壮人の無気力感のやり場はどこにもなかった。周囲のすごいねという形ばかりの称賛の言葉も聞き飽きていたし、周囲の羨望のまなざしとか勝手な他人の期待にも疲れていたというのが本音だった。自分の今が満たされない。つまり、今が満足できていない壮人には未来は期待の持てるものではなかった。
同級生の芳賀瀬は好きな研究ができて楽しそうだったし、カルトは何事も一生懸命手を抜くことなく努力を重ねていた。一番じゃない人間の方がずっと幸せそうに生きている。壮人は元々首席で入ることが当たり前の学力を持っていたし、入ったからと言って自分が何か変わったような気もしなかった。逆に言えば何もこれから変わる気がしなかった。同級生で同じ高校から東王大に入ったのはこの3人のみ。本気を出さずして入学したのは真崎壮人だけだったように思う。
退屈の延長上に刺激を求めて優等生を辞めた。どうせ頑張らなくても努力しなくても優れた人並み以上の学力は持っている。ストレートで卒業して、いい仕事に就いても、本当に好きな人とは結婚できない。
そんなどうしようもない不満はぶつけどころがなく、自分を陥れることで緩和されていたように思う。今まで、学力の高い人間の集まる場所ばかりにいた壮人は、髪を金髪に染めて、派手な格好をして夜の街に繰り出した。待ち合わせがあったのも理由だが、自分の知らない世界を見てみたいと思っていた。そして、外見を変えることで、周囲の対応が少しばかり違うことにも面白味を感じていた。
真面目という括りから飛び出た世界は果てしなく深く広かった。学歴を隠して出入りをしているダーツバーの者は基本的には誰も本当の真崎壮人を知らない。だから、勉強ができるというレッテルを貼られることはなく、家が裕福だということを隠していた。自分という素の人間を評価してくれるのが嬉しいと感じていた。だから、あえて東王大学の学生らしからぬ身なりにしていた。
表向きはフリーターで底辺偏差値の高校を卒業したことにしておいた。皆が知らないであろう地方の高校ということにしていたが、そこは言いたくなさげに曖昧に答えることにも慣れてきた。詐欺師ではないが、違う人を演じることは比較的面白いと感じていた。
そのきっかけを与えてくれたのは、以前から交流のあった秋沢葉次という少年だった。彼はまだ高校生にも関わらず、夜の街でよく遊んでいた。世間的に言えば不良なのかもしれないが、意外にも彼の知識は豊富だった。そして、勉強は県内一の進学校で、壮人の卒業した高校に在学していた。しかも、噂によると学校内でも一番優秀な成績という話だった。ヨージの親が放任主義なのか事情はあまり聞かなかった。彼はしょっちゅうダーツバーに入り浸り色々な年上と交流しているようだった。未成年ではあるが、ヨージは酒が飲めない体質らしく、あえて、ノンアルコールカクテルであるモクテルという飲み物を口にしていた。種類は様々あり、色合いもきれいな飲み物だった。
フルーツや花の飾られた大人びた、一見、カクテルのようなおしゃれな飲み物は高校生にとっては決して安くはないはずだ。そんな飲み物を臆することなく口にする様子は、金持ちの息子なのだろうか。ヨージはあまり自分のことを話さない。あまり詳しいことを語ろうとしない人だった。
ヨージは優等生とは思えない茶色に染めた髪をなびかせている。女子に人気のあるかわいい顔をした秋沢葉次と真崎壮人はとても気が合った。
大学に入学してから、あえて反抗的になった壮人はモラトリアムな時間を過ごしていた。あえて留年し、あえて色々な女性と交際をする。でも、満たされた気がしない。そんな本音を誰も気づかないだろうと思っていたが、ヨージは壮人の本音に唯一気づいた人間だった。
二人の最初の出会いはOB訪問だった。同じ中学出身ということもあり、壮人が高校3年生の頃に目の前に現れたのが中学3年生の秋沢葉次だった。今よりもずいぶん背は低く顔立ちも幼かった葉次は受験する高校を決める際にOB訪問をしてきた。同じ中学出身で成績が優秀だという真崎壮人を訪ねてきたのだった。彼の成績は全国レベルでトップであり、高校に落ちる余地はなかったと思う。でも、OB訪問をすることは当時普通のことだったので、快く受け入れた。当時は壮人もまだ垢ぬけてはおらず、ただ大人しいだけの少年だった。
それ以来、ヨージは同じ歳の子どもとは話が合わないという理由で、個人的に壮人と会うようになった。年上の壮人に対してとても友好的に慕ってくれていた。ソート兄さんと葉次は呼ぶようになり、壮人はヨージと親しみを込めて弟のように接するようになっていた。同級生からは得られない関係性だったように思う。
頭の回転が速く、常に面白いことを探求するヨージはいつも楽しそうにしていた。バーに来れば、年上のものたちが彼を慕い、どんな人ともそつなく接する様子は見ていて羨ましいほどのコミュニケーション能力だった。彼を羨ましく思えた。壮人が他人を羨むのはカルトとヨージくらいだったように思う。カルトは一途でまっすぐな恋愛を立花結としていることが羨ましい理由だったのは明白だ。しかし、ヨージは何か人とは違うものを持っているように思えた。だから、壮人にとってヨージは憧れとなっていた。
OB訪問以来、ヨージに色々なアプリの開発を一緒にやらないかと誘われたり、遊びに誘われたりすることで、壮人の交友関係と知識は広がった。カルトや芳賀瀬からは得られない刺激と年上である自分を慕ってくれる存在は壮人にとってとてもかけがえのない存在だった。
「好きな女性がいるから、誰と交際しても違うって思うんでしょ? イケメンなのに、不器用な性格だなぁ。もったいない」
ヨージは驚くほど何でも見抜いていた。彼の人間観察力は人並み以上のものであり、鋭い思考とまなざしに嘘をつくことは容易ではないと思い、初めて本当に好きな人の話をした。立花結の存在だ。出会いから、彼女の魅力まで自分の思いのたけをぶつけた。
今まで誰にも打ち明けなかったのは、幼稚園時代から一途に女性を好きだと言うと、気持ち悪いとかストーカーのようだとか悪い印象を抱かれないからだ。自分が培ってきたイメージが悪い方に傾くことを壮人はとても嫌っていた。それ故、心を開くことが少ない性格となっていたが、同級生ではない結とは距離のあるヨージにはなぜか心を開いていた。どうしようもない葛藤を初めて打ち明ける。すると、ヨージは笑顔で言葉をかける。
「ソート兄さん、一人の女性を想う気持ち、かっこいいよ」
それは意外で予想外に嬉しい反応だった。一人の女性に執着している自分は陰気臭くどうしようもない馬鹿だとずっと壮人は自分を責めていた。彼ならば軽蔑することはないと思い、打ち明けたのは事実だが、かっこいいという称賛までついてくるとは予想外だった。その笑顔に偽りや引いた様子は微塵も感じられないことに安堵する。