♢廃病院での思い出


 夏休みに一度、廃墟を探検しようと地元で有名な廃墟スポットを4人で訪れたことがあった。その時、じゃんけんで二人組を決めたのだが、壮人と結がペアになった事があった。普通はカップルでどうぞというところだが、芳賀瀬はそういった気が利くタイプではないし、成り行きだったと思う。

 ふと、思い出す。結と壮人はいつもなぜかチョキを出すことを。それは、偶然だったのかどうかを知るすべはなかったが、今思えば、いつも何かを決める時、二人はチョキを出していた。オカルト研究会は四人のため、何か活動で決める時は、チョキかグーを出して同じものを出したものがペアになるということが度々あったように思う。いつもチョキを出すのが結と壮人だった。

 廃病院から結と壮人が出てきた時、とても怖がりな結を懸命に支える壮人の様子が意外に思えた事があった。結が足を挫いたらしく、背負って出てきたのだ。既にカルトと結は一応交際を始めたころだったので、初めての恋人ができたことで頭がいっぱいになっていた。だから、二人が暗闇の中へ消えても自分は結の恋人であるという自信故に何も不安はなかった。

 元病院だという少し田舎町にある廃墟は、廃墟マニアには有名な場所だった。病院であっただろう器具や棚やベッドなどがそのままになっており、誰でも入ることが可能な場所だった。もう今は取り壊されて新しい施設が建てられたと記憶している。薄明りの中で見る古びた椅子やベッドは何かこの世ではないような雰囲気を醸し出していた。誰かが捨てたであろうペットボトルなどが異様な不気味さを醸し出す。

 カルトと芳賀瀬はただただ薄暗い部屋を探索した。写真を撮り、動画も撮影した。
「今、廃病院に入りました」

 実況も欠かさない。というのも、カルトは面白い映像が撮れたら、テレビ番組に送って賞金がもらえたらいいなと思い撮影していた。狭い病院だ。歩けば床はギシギシなるし、床が抜けるのではないかという恐怖も多少あった。それくらい、床は朽ち果て、窓ガラスは割れており、階段も東と西の両端に二か所しかなかった。不思議な音がしただけで怖くなるような場所だ。心理学視点から言えば、何も起こらなくても怖いと感じる人間の心理が働くものが揃った場所だった。音、光、狭さ、古さ――何がいても何が起きてもおかしくはない。

 途中、はらわたを切り裂かれ、赤いインクか何かによって、血まみれのような状態の人形が落ちていた。これは、映える。そう思い、カメラを向けた。そして、ボロボロの人形の顔と髪の毛が印象的だった。今思えば、呪いのアプリの子どもに似ていたようにも思う。アプリの呪いの子どもが登場したのは、最近だ。高校生当時は10年くらい前になる。まだ呪いの子どもの姿は存在していないはずだ。当時はまだ呪いの子どもの存在も画像も出回っていなかった。アプリの創造主がここへ来たことがあったのだろうか? それともあえてカルトたちを怖がらせるために仕込んだ? 一番怖がったのは人形嫌いの結だろう。

 ひとつ心に何かひっかかる疑問が残っていた。あの時、最初に入ったのは結と壮人だったのに、なぜ後から結と壮人が出てきたのだろうか。その時は、結の心配であまり深く考えなかったが、カルトは少しばかり不思議だった。もしかしたら、驚かそうと隠れていたのだろうか? ならば、きっと大声で後ろから驚かしたに違いない。今思えば、結の足のケガと体調不良が原因かもしれないと思う。

 廃病院は二階建ての小さな病院跡だった。カルトと芳賀瀬は一通り歩いて全部の部屋をまわって外に出た。でも、既に廃病院から出ていたと思っていた二人がいなかった。少し外を探してみたが、見つからない。少ししてから、あの二人は暗闇からゆっくりと出てきた。壮人に背負われた結の顔色がずいぶんと青ざめていてとても心配になり、あれ以来怖い場所に結をカルトが連れていくことはなかった。

 結は転んで足を負傷した。大げさに思えたが、壮人は結を背負ってあとから廃病院から出てきた。正直壮人はそんなに親切丁寧なタイプに見えなかったので、足をひねった程度の結を甲斐甲斐しく背負う姿は意外だった。

 しかし、彼女の表情を見ると、壮人の行動は意外ではなく当然だと思えた。結は相当な恐怖によって顔が引きつり、全身が震えていた。思いの外、怖がっている様子なので、腰が抜けて歩けなくなった可能性も感じていた。そして同時にカルト自身は責任を感じていた。結に不快な思いをさせてしまったことを強く後悔した。感じ方は人それぞれだ。怖いことに足を突っ込むことが、楽しいと快感に感じる者もいれば、結のように硬直状態で恐怖に支配されてしまう者もいる。

 結がそんなにも怖がりだとは知らなかった。しかし、幼馴染の壮人は当たり前のように彼女の世話を焼いていたように思う。壮人は幼い頃から結を知っていたから怖がりなのも知っていたのかもしれない。うまく歩けない結をおぶって出てきた壮人。途中で気分が悪くなった彼女を長椅子に座って休ませていたと壮人は説明した。たしかに、唇が青くなり、顔の血の気が感じられなくなっている結。具合が悪いことは一目瞭然だった。そして、足を怪我してしまうという物理的な痛みを与えてしまったことに後悔していたが、壮人は思いの外、優しいまなざしで結を支えていたように思えた。そのような表情の壮人は以後、あまり見たことがなかった。

 その後、カルトが結を背負って帰った記憶がある。

 特に物珍しい映像が撮れず、テレビ局への投稿を諦めた経緯を思い出す。

 呪いの子ども――あの頃、まだカルト自体はその存在を知らなかった。怖い人形がいる。それだけで、当時は放置状態だった。

 呪いの子どもがあの時いた? まさか――あの人形はたしかに呪いの子どもに似ていた。廃病院での人形から糸口が見つかるかもしれない。

 不思議で怖いことを突き詰めながら、勉強の手を抜くことなく彼らは青春という時代を謳歌していたように思う。結だけは東王女子大学に入学したため、大学は違う。しかし、大学生になってもオカルト研究会の関係は続いていくような気がしていた。でも、いつのまにか壮人は一番成績が優秀にもかかわらず、遊び惚けて留年を繰り返し、芳賀瀬は研究に没頭していた。そして、いつの間にか仲がよかった友達という過去形に変化していた。

 あの時、結と壮人は一体どこで時間を潰していたのだろう。二人の廃墟での出来事はずっとカルトにはわからぬまま時は過ぎていた。もしかしたら――カルトは無意識に細かいことは気にせず、嫌なことには、気づかないふりをしていたのかもしれない。