◇
そうま総合病院に到着すると、足早に総合案内の窓口に歩み寄り制服を着たお姉さんとやりとりを交わす小宮さん。やがて、先に様子を見てくるからここで待ってて、と告げられて、大人しく待合ロビーで待機することになった。
じっとしていると嫌な考えばかりが頭に浮かんでしまうため、小宮さんが帰ってくるまでの間、気を逸らすように近くの掲示板を眺めることにする。
ふと、〝ミニコンサート――本日二時より小児病棟横、食堂前多目的ホールにて開演。出演=かがやき合唱団〟と書かれた張り紙が目につく。
『月に二回ね、小児病棟の横にある多目的ホールで、慰問を目的としたコンサートがあるのよ。病室に閉じこもってたら気が滅入るでしょう? 検査が終わった後に向かえば充分間に合うから、興味があるなら聴きに行ったらいいわ』
そういえば、入院していた時、お世話になった看護師の鈴木さんが言っていたっけ。
その時は頻繁に続く検査と、一向に戻らない記憶に気持ちが塞ぎ込み心情的にコンサートどころではなくて、結局多目的ホールに足を向けることはなかった。
でも、病院を退院し、取り戻せない記憶にある程度見切りがついた今だから言えることだが、自分の名前が〝唄〟だからか、〝合唱〟というものには強く惹かれている。
母は一体どういう願いを込めて〝唄〟という名前をつけたのだろう。
私はちゃんとその名の由来通りに育っていたのだろうか。
そもそも私の母とは、一体どういう人なのだろう……とか。
とりとめもない思いが頭の中を巡る。
今の時刻は十三時で、あと一時間もすれば開演の時間。今、ここを離れるわけにはいかないから、病室を訪れた後に時間があれば立ち寄ってみようか。
そんなことを考えていると、小児病棟の方から小宮さんが颯爽と大股で歩いてきた。
思い切りの良い歩き方とは裏腹に、表情はだいぶ曇っている。
「小宮さん」
「あ、いた。お待たせ」
「きららちゃん、どうだった?」
「それが……」
前のめりになって尋ねると、小宮さんは曇りがちな表情をさらに暗くして言葉を濁した。
「そんなにひどいの……? 怪我? それとも病気?」
「怪我よ。『転んだだけ』って、医師にも私にもそれしか言わないわ」
苦笑しながら今の状況を語る小宮さん。
うっかり転んで怪我をしただけなら、わざわざ小宮さんが呼ばれることもないだろう。良からぬ想像がくっきり形を帯び始める。私の疑念に気づいたのか、小宮さんはやや考えてから、腹を割るように言った。
「きっとね、現実はあなたが考えている通りよ。でも、彼女は大切な人を庇いたい一心で嘘をついている。このままではあの子自身のためにならないわ。だからなんとかしてあげたいんだけど……正直、これは私や見知らぬ大人よりも、近い目線で話ができるあなたの方が的役な気がするの」
「……っ」
「今の彼女を見たらショックを受けるだろうから、本当はあなたに頼るべきじゃないのかもしれないけど、でも今は彼女を救うことを最優先に考えて、本当のことを話すよう唯川さんからも説得してみてもらえないかしら」
願ってもみない申し出だ。きっと小宮さんなりに苦心して考えた末の決断なのだろう。彼女の期待に応えるよう力強く頷く。
自分にできることなんてたかが知れているだろうけれど、それでも、人から頼られること、そしてきららちゃんの役に立てることに小さな喜びを感じた。
背筋を伸ばし、気持ちを奮い立たせ、小宮さんの案内で意気揚々と病室の前まで進んだ私だったのだが……。
そうま総合病院に到着すると、足早に総合案内の窓口に歩み寄り制服を着たお姉さんとやりとりを交わす小宮さん。やがて、先に様子を見てくるからここで待ってて、と告げられて、大人しく待合ロビーで待機することになった。
じっとしていると嫌な考えばかりが頭に浮かんでしまうため、小宮さんが帰ってくるまでの間、気を逸らすように近くの掲示板を眺めることにする。
ふと、〝ミニコンサート――本日二時より小児病棟横、食堂前多目的ホールにて開演。出演=かがやき合唱団〟と書かれた張り紙が目につく。
『月に二回ね、小児病棟の横にある多目的ホールで、慰問を目的としたコンサートがあるのよ。病室に閉じこもってたら気が滅入るでしょう? 検査が終わった後に向かえば充分間に合うから、興味があるなら聴きに行ったらいいわ』
そういえば、入院していた時、お世話になった看護師の鈴木さんが言っていたっけ。
その時は頻繁に続く検査と、一向に戻らない記憶に気持ちが塞ぎ込み心情的にコンサートどころではなくて、結局多目的ホールに足を向けることはなかった。
でも、病院を退院し、取り戻せない記憶にある程度見切りがついた今だから言えることだが、自分の名前が〝唄〟だからか、〝合唱〟というものには強く惹かれている。
母は一体どういう願いを込めて〝唄〟という名前をつけたのだろう。
私はちゃんとその名の由来通りに育っていたのだろうか。
そもそも私の母とは、一体どういう人なのだろう……とか。
とりとめもない思いが頭の中を巡る。
今の時刻は十三時で、あと一時間もすれば開演の時間。今、ここを離れるわけにはいかないから、病室を訪れた後に時間があれば立ち寄ってみようか。
そんなことを考えていると、小児病棟の方から小宮さんが颯爽と大股で歩いてきた。
思い切りの良い歩き方とは裏腹に、表情はだいぶ曇っている。
「小宮さん」
「あ、いた。お待たせ」
「きららちゃん、どうだった?」
「それが……」
前のめりになって尋ねると、小宮さんは曇りがちな表情をさらに暗くして言葉を濁した。
「そんなにひどいの……? 怪我? それとも病気?」
「怪我よ。『転んだだけ』って、医師にも私にもそれしか言わないわ」
苦笑しながら今の状況を語る小宮さん。
うっかり転んで怪我をしただけなら、わざわざ小宮さんが呼ばれることもないだろう。良からぬ想像がくっきり形を帯び始める。私の疑念に気づいたのか、小宮さんはやや考えてから、腹を割るように言った。
「きっとね、現実はあなたが考えている通りよ。でも、彼女は大切な人を庇いたい一心で嘘をついている。このままではあの子自身のためにならないわ。だからなんとかしてあげたいんだけど……正直、これは私や見知らぬ大人よりも、近い目線で話ができるあなたの方が的役な気がするの」
「……っ」
「今の彼女を見たらショックを受けるだろうから、本当はあなたに頼るべきじゃないのかもしれないけど、でも今は彼女を救うことを最優先に考えて、本当のことを話すよう唯川さんからも説得してみてもらえないかしら」
願ってもみない申し出だ。きっと小宮さんなりに苦心して考えた末の決断なのだろう。彼女の期待に応えるよう力強く頷く。
自分にできることなんてたかが知れているだろうけれど、それでも、人から頼られること、そしてきららちゃんの役に立てることに小さな喜びを感じた。
背筋を伸ばし、気持ちを奮い立たせ、小宮さんの案内で意気揚々と病室の前まで進んだ私だったのだが……。