***


 そうして迎えた翌日。その日、私の学校の三年生は特別授業で、ほとんどの生徒が自宅学習だった。

 私も登校する必要のない一日だったが、入学辞退の件があるため音々を小学校へ送り出し、律を保育園に預けてから私服のまま学校へ向かい、職員室で担任の菅原先生を探す。

 私の学校では、推薦入学の結果発表は担任の先生から個別に行われ、合格者は後日、再び担任と面談。その際に最終の意思確認をするとともに、親の同意書を提出することになっている。今日はその同意書提出の締切日だ。

 窓際の席にいた菅原先生の前までたどり着くと、憂鬱な気持ちを押し殺して、辞退の旨を申し出ようと意を決して声をかける。

「先生、あの」

「あら、唯川さん。どうしたの?」

「こんな格好ですみません。推薦入学の件で、ちょっと話したいことがあって……」

 散々気持ちを切り替えたはずなのに、やはりその一言を口にするには気が重くて自然と俯きがちになってしまう。

 それでもなんとか、ケジメだけはきちんとつけなければと両拳を握りしめていると。

「最終の意思確認の件かしら?」

「……はい」

「それならすでに、親御さんから『承諾』の連絡をもらっているわ」

「――え?」

 想定外の言葉に遮られ、耳を疑う。

 一瞬、先生の放った言葉の意味がわからずポカンとしてしまったが、すぐさま我に返って先生に詰め寄った。

「ちょ、ちょっと待ってください……し、承諾?」

「ええ。あなたのお母様、『同意書持たせるの忘れたけど、進学に同意している』って仰ってたわよ?」

「な……」

 チョットマッテ、ドウイウコト――?

 言われたことがすぐには理解できず、呆然と佇む。

 先生はそんな私を見て怪訝そうに眉を顰め、声をひそめつつ尋ねてきた。

「もしかして唯川さん、お母様から聞いていない?」

「……」

 嘘をついても仕方がないと思い、正直に頷いてみせる。

 すると先生は少し驚いたような顔をしつつも、どこか納得したような表情で言った。

「色々訳ありなのかなとは思ってたけど……やっぱりうまく話がまとまっていなかったのね」

「はい……」

 私の返答に、困ったように苦笑する先生。

 先生はしばし逡巡していたようだが、やがて全てを打ち明けるよう「実はね……」と、詳細を語り始める。

「実は昨日の午後、そうま総合病院の『相馬院長』から学校にお電話があったのよ。蓮王くんの進路変更の件と、唯川さんのお母様の件で」

「え……」

「なんでも唯川さんのお母様とは昔から親交があるそうで、今回、経済的な理由であなたが進学を断念せざるを得ないような状況にあることを小耳に挟んだから、自分にも何か支援ができないかって、そう仰られて……」

「……っ」

「それで、学校側からあなたのお母様に取り次いだあと、改めて唯川さんのお母様から電話がかかってきて『進学に同意する』って仰ってたから、きっと、相馬院長とのお話し合いに折り合いがついて、無事に経済的な問題が解消したのかなと思ってたんですけど……」

「……」

「困ったわね、本当に何も聞いてなかったのね」

 こくん、と頷けば、噛み締めた唇の端から震える吐息が漏れる。

 ――ああ、どうしよう、眩暈がする。

 胸が熱くて、苦しくて、今にも足元から崩れ落ちそうになる。

(でも……)

 でも今はまだ、倒れている場合じゃない。

 嫌な予感がして、私は大事なことを確認する。

「あの、先生」

「はい?」

「相馬は……?」

「蓮王くん?」

「はい。先生、さっき、『蓮王くんの進路変更の件』って……」

「ああ……彼ね、気が変わったそうで、受かっていた高校を辞退して海外の学校へ留学するそうよ」

「……っ」

「元々お父様は蓮王くんの留学を希望されていたから、こちらもようやく折り合いがついたって一安心なさってたわ……って、あれ? 唯川さん??」

 やっぱり。

 間違いない……あいつの仕業だと思った瞬間、私は弾けるように職員室を飛び出していた。