メイド喫茶、でもそれをする理由が見つかっていない。生徒の成長に繋がるのか、それがきちんと説明出来ないと、意見は通らない。
〝候補に挙げた理由を教えてください〟
 そう言えればいいのに。そう一言、委員らしく言うだけでいいのに。
 ギスギスした空気が無言として形になってる。緊張で背中の汗がつぅーと流れていく。何か、何か、言わないと、何か——。
「遠島、それは却下」
 そのムードを切り裂くみたいに、瀬名くんの声がふっと入る。
「なんでだよ」
「じゃあ、メイド喫茶をしたい理由をきちんと言えるか? これをするから、俺らは成長出来るって、学校側に言えるか?」
 敵を作りかねない彼の発言は、どこか棘を含んだように聞こえる。
「楽しいからでよくね?」
「よくねーよ。それ説明するの俺らなんだぞ。もっと委員を労わってくれよ、嫌々お前らに代わってこうして委員やってんだから」
「えー見たいじゃん。メイド服」
「変態かよ」
 陰湿にも似ていた空間が変わる。無言の圧じゃなくて、緩んだものに。私が発言していたら、こんな和んだりはしない。もっと無言の時間が続いていたかもしれない。
 成長ってなんだよな、なんて背中をのけぞった遠島くんの一言で、それ以降は何の意見もあがってくることはなかった。
成長。
 改めて言葉にされると、どういうものなのかを深く理解出来ない。
身長が伸びたとか、好きとか愛のちがいがわかるようになったとか、そんな成長ではない。ここでは、心の成長が求められている。だから難しい。難しくて、避けたくなる。
成長がわかったところで、私にはなんの意味も持たない。
「綿世さんは?」
 放課後。文化祭実行委員が集まる視聴覚室で、瀬名くんと肩を並べて座っていた。
「したいもの。出店したもの、ある?」
「あー、いや……」
 月曜日。その日の放課後は、委員の集まりに出席しなければならない。各クラスが集まって「そっちのクラスはどう?」などと意見を交換しながら、被らないように、被ってもジャンルが違うように、調整をしていく。
「瀬名くんは……?」
「ない」
「……そう、だよね」
 はっきりと否定的な言葉を使えるのは羨ましい。
対して私はあやふやな言葉しか使えない。どっちなのか、よくわからないような喋り方をしてしまう。
 中学のことがあってからは敏感になり過ぎている。瀬名くんのようにはっきり言えたらなんて思うけど、羨むだけで変わろうとはしてない。願望だけ。いつもそう。
「ねえ」
「ん?」
「なんでこうもっと前に出ていかないの?」
 がやがや、と賑わう教室内で、鋭い双眸が向けられていることに気付く。油断すると上履きを見てしまう癖があるが、今も俯いていたことに気付かされる。
「なんでって」
 どうしてそんなことを言われているのだろうか。
「綿世さんって消極的過ぎない? 昔から」
「……そう、かな」
「今も、朝の話し合いだって、はっきりしないよね」
 びしっと。明らかな棘は痛いところを刺してくる。小さな痛みがきりきりと走る。目をまた床へと、上履きへと、落としていく。
 そんなの、自分が一番わかってて、でもどうも出来なくて、嫌だ嫌だと思うしかなくて、そう悩んでいることを知らない瀬名くんから、何故こうも言われなければいけないんだろうか。