「感想文」 
 なんてことはないような顔をして、ごく自然にそう聞かれるものだから開いた口が塞がらなかった。
 思わぬ指摘にそれこそ言葉が見つからない。真っ白になった頭の中で〝普通に感想文は書かないのか問われているだけなのか?〟と思うものの、
「あれ書いてたの綿世さんでしょ?」
 追い打ちをかけられるように首を傾げるものだから狼狽えるしかなかった。
 あんなのをまさか名指しされるとは思わなくて、匿名の意味が全然なくて、なんで知ってるんだ? と思考を巡らせるものの答えには辿り着かなかった。
 そんな私を見透かしたように「ごめんごめん」と微笑む瀬名くん。
「前に、投函してるの見たことあるから」
 ふっと目を細めた彼は、今はなき空白の場所へと思いを馳せる。
「もう、書かなくて済むようになったんだね」
「え……?」
「あれ、心の拠り所だったんじゃない?」
〝心の拠り所〟そう言われると、どこかむずがゆく思えてしまう。
 私にとってあれは、ただの捌け口でしかなくて、憂さ晴らしのようなものだった。
「書かなくて済むほど、今が充実してるんじゃない?」
 そうなのだろうか。たしかにここ最近は文化祭の準備が本格的に始まって本を読める時間もないけど、でも別に充実してるわけじゃ——いや、違う。
 本を読む時間しかなかったんだ、今までの私は。
 別の世界に逃げ込みたいと、嫌なことがあるとすぐに本の世界に入り浸って、ここにいることを放棄していた。
友達もいなくて、誰かにこの鬱々とした気持ちを伝える術もなくて、ただ逃げるように本を握りしめていたあの頃。
「心の成長ってさ、気付かないうちにしてるもんなんだよな」
「……成長」
「まあ、あれはあれで面白かったからまた書いてほしいけど」
「か、書かないよ、もう」
「いいじゃん、面白いし。俺あれ全部写真撮ってるよ」
「うそ⁉」
「うん、うそ」
「えー……」
「はは、その顔もいいね」