「な、なに……?」
 人気が高い彼女の後方で、仲の良いグループの視線がちらちらと寄越されているのがわかる。だから苦手なんだ。
『琴音またあの子に話しかけてる』
そういう目が、そう語り合っているように見える。
「今日ね、放課後みんなでカラオケ行こうって話になってて」
 愛らしい大きな瞳に、ぎこちなさを露骨に表した不気味な顔が写り込んでいる。嫌になって若干外しながら、その先に続くであろう展開の回避を考えていた。
「綿世さんもどうかな?」
「あ……今日は用事があって」
 いつも通りの定型文。それは常に頭に用意されているかのように張り付いている。
「……そっか、ならまた今度だね」
 可愛らしい顔に陰りがそっと落とされる。また、あの苦手な笑みを浮かべる。
 グループに戻っていく彼女を見送るよりも前に自分の机へと向かう。賑やかな教室で、私はぽつんと一人を選ぶ。
 いつだって一人でいい。傷付くぐらいなら一人で過ごして、学生という名の肩書を捨ててしまいたい。
 ここから抜け出せれば、私はもっと自由に過ごせるかもしれない。学生でなくなれば、社会人になれば、大人になれば、この息苦しさからはきっと解放される。そう、信じてきたけど、そんなの意味がないんだろうなと知ってしまってからは、死が一段と近くなった。
 香川さんは、一人でいるクラスメイトをきっと放ってはおけないやさしい人なんだと思う。皆から愛される人は、きっと皆の事も愛せるような人なのだろう。だから無条件に私にも愛をくれようとする。それを跳ね除けてしまう私は、とんでもなくひどい人間なんだ。
 こんな人間にやさしくしないでほしい。香川さんにやさしくさればされるほど、クラスメイトの目が私に向けられる。冷たくて、鋭い、刃物のような目が、私の心臓を少しずつ刺していく。
 その点に比べ本の世界は自由だ。嫌なことがあってもそれは本の世界であって現実ではない。か弱い主人公が敵対するグループに刃向かったところで、それは単なる物語であって現実ではない。
 私がそれを今、生きてる世界で真似たところで上手くいくわけがない。状況が悪化して、増々私の居場所はここからなくなるだけ。
 だからじっとしているのが一番。何もせず、何かが起こったとしてもただの傍観者でいるのが一番良い。当事者になってはだめだ。
 茶色のブックカバーを手にし、栞のページを開く。
続きは〝本当にそれでいいのか〟という老婆の言葉から始まっていた。
(今を見透かされてるみたいだ……)
 本の世界からもいよいよ私は見放されようとしているのか。失笑にも似た笑みを溢しては、その台詞を本の世界だと割り切って周りを遮断していく。
 私は醜く、そして弱い。
 昔の呪縛から囚われ続けたまま。前に進めないまま時間だけが過ぎ、卑屈になっていく自分がどんどん形成されていく。
 だから香川さんが羨ましい。何もしなくとも誰かに囲まれて、太陽みたいに笑ってる彼女が羨ましくて、憎いと思ってしまう。
 自分にはないものをねだったところで叶いっこないとわかっているのに、それでも神様は不公平だと思ってしまう。
平等にはしてくれない。やさしくはない。少なくとも私には、やさしくはしてくれない。