◇
それから間もなく二学期が始まり、私にとっての学校生活は神様に出会う前のそれと大きく変わっていた。
まず、友達ができた。きっかけは山川さんだ。過日の一件以来、山川さんとよく話すようになった私は、彼女が私と同じ高校に通っていたことを知り驚いた。
というのも、私の通っている高校は普通科と商業科に分かれており、私や陽菜、設楽先輩は普通科に所属しているが、山川さんは商業科の生徒であるため学舎も異なり、校内で顔を合わせる機会がほとんどと言っていいほどなかったため知り得ずにいたのだ。
通う高校が同じで学年まで一緒とわかるや否や、彼女は昼休憩の時間になると気まぐれに私の教室までやってきて食堂へ行こうと誘ってくる。
私が喜んで席を立つと、クラスにいる長谷川さんという女子まで一緒に行きたいと席を立った。どうやら長谷川さんは山川さんと同じ中学校出身の馴染みの仲だったらしく、結果、山川さんと長谷川さんと私といった三人で食堂に通う機会が生まれ、自然とクラスでも長谷川さんと親密に接するようになった。
『七瀬さんて真面目そうだし近寄り難いイメージあったけど、悪い人じゃなさそうだしちょっと話してみたいってずっと思ってたんだよね』
そんな有難い言葉までかけてもらって天に昇るほど嬉しかったし、自分だけの世界に閉じこもって生きていたら、きっと一生聞くことのできなかった台詞なんだろうなと思うと密かに恐ろしくもなった。
また、二つ目の変化は、苗字が七瀬から父の姓である『綾原』に変わったことだ。
これは今後を見据え、私が父の戸籍に入ったがために生じた変化なのだが、混乱を避けるため、残り一年半ほどの高校生活の間は正式な書類以外七瀬姓を名乗ることで学校側には了承を得ている。
このささやかながら大きな変化を知る人物は、親しい山川さんと長谷川さん、そして――。
「……あれ。山川さんに七瀬さん。昼飯、一緒に食ってんだ?」
あれ以来今まで以上に会話する機会が増えた、設楽先輩だ。
「あっ。設楽先輩! こんにちは」
「あれ。設楽先輩じゃん。っていうか、長谷ちゃんもいるんですけど〜」
「……どうも長谷川です。気にせず話してください」
元バスケ部の先輩たちと一緒にやってきた設楽先輩は面識のない長谷川さんに小さく一礼すると、バスケ部の友人に「空いてるしここ座んね」と声をかけてから、私たちの近くに腰をかけた。
「へー。七瀬さんと山川さん、ずいぶん仲良くなったんだね」
「あ、はい。山川さんとも長谷川さんとも仲良くさせてもらってます」
「まぁ、色々あったしね。っていうか設楽先輩、バイト先じゃツッキーの方が先輩なんだからちゃんと敬語使わないと〜」
「ちょ、山川さんっ、そっ、そんな敬語だなんてっ」
「そういう新人の山川さんこそ敬語使わないとまずいんじゃないの。七瀬先輩、失礼だと思ったら容赦なく体育館裏に呼び出していいっすよ」
「うげ、やめてよ〜。男バスの先輩に言われると冗談に聞こえないんですけど〜」
「あーそういえば男バスって上下関係めっちゃ厳しいんだっけ。大変だね〜頑張って山ちん」
「わかってるね長谷さん……だっけ?」
「長谷川です」
「ちょっ。もう、三人揃ってやめてくださいよお……」
「あはは。ツッキーガチで焦ってるし!」
「なになに、俺らも混ぜてよ!」
男子バスケ部の先輩たちがこぞって話に割って入ってくると、ささやかな食事の時間はとても賑やかなひとときに変貌する。
バスケ部――それも、女子に人気の高い設楽先輩を中心としたグループ――の先輩たちと会話どころか食事まで共にするだなんて、今までなら考えられなかった光景だ。
設楽先輩のことももちろんだけれど、何より、山川さんや長谷川さんとこうして仲良く食事ができるようになったことは私にとって何よりも尊く、幸せな変化だと言える。
ただ……あの夏祭りの日以来、設楽先輩の元気が少しないように見えるのが、少し気がかりだった。
そしてもう一つ、山川さん、長谷川さん、設楽先輩との関係性の変化の他に変わったことといえば、成外内の神様だ。
「あれ……またいない」
夏祭りの日以来、寄れる日はできる限り神様のもとへ足を運び、杜の周辺を軽く掃除したりお供物をしたり日々の出来事を報告したりしているのだが、以前設楽先輩との仲を応援されてからというもの、神社に寄っても神様のお姿が見えない日が増えてきたように思う。
(なにかあったのかな……)
この日も、学校帰りに神様のもとへ寄ったがいくら待っても神様は現れなかった。
(どこ行ったんだろ)
杜の軒先にぶら下がる透明の小鈴をぼんやりと見上げながら漠然と思いを巡らせる。
(最近、会えたとしてもどこか浮かない空気が漂ってることが多いし、なんとなく覇気がなく見えるっていうか……)
指先で小鈴に触れると鈴は物悲しげにりんと音を立てた。
心の底に落ちてくるその儚げな音が、より一層焦燥感を掻き立てる。
(まさか消えたりしないよね? ただの気のせいだといいんだけど……)
単に忙しいだけなら良いのだが、以前神様は『信心を得られなければ力を失い、やがて消滅する』と仰っていたのがずっと心に引っかかっていた。
(また明日こよう。明日こそ会えるといいな)
何度も同じことを思って足を運んでは、神様に会えたり会えなかったり、一喜一憂して。
週を追うごとにその不安は顕著になっていき、結局、月が変わる頃になっても神様の異変が改善されることはなかった。
それから間もなく二学期が始まり、私にとっての学校生活は神様に出会う前のそれと大きく変わっていた。
まず、友達ができた。きっかけは山川さんだ。過日の一件以来、山川さんとよく話すようになった私は、彼女が私と同じ高校に通っていたことを知り驚いた。
というのも、私の通っている高校は普通科と商業科に分かれており、私や陽菜、設楽先輩は普通科に所属しているが、山川さんは商業科の生徒であるため学舎も異なり、校内で顔を合わせる機会がほとんどと言っていいほどなかったため知り得ずにいたのだ。
通う高校が同じで学年まで一緒とわかるや否や、彼女は昼休憩の時間になると気まぐれに私の教室までやってきて食堂へ行こうと誘ってくる。
私が喜んで席を立つと、クラスにいる長谷川さんという女子まで一緒に行きたいと席を立った。どうやら長谷川さんは山川さんと同じ中学校出身の馴染みの仲だったらしく、結果、山川さんと長谷川さんと私といった三人で食堂に通う機会が生まれ、自然とクラスでも長谷川さんと親密に接するようになった。
『七瀬さんて真面目そうだし近寄り難いイメージあったけど、悪い人じゃなさそうだしちょっと話してみたいってずっと思ってたんだよね』
そんな有難い言葉までかけてもらって天に昇るほど嬉しかったし、自分だけの世界に閉じこもって生きていたら、きっと一生聞くことのできなかった台詞なんだろうなと思うと密かに恐ろしくもなった。
また、二つ目の変化は、苗字が七瀬から父の姓である『綾原』に変わったことだ。
これは今後を見据え、私が父の戸籍に入ったがために生じた変化なのだが、混乱を避けるため、残り一年半ほどの高校生活の間は正式な書類以外七瀬姓を名乗ることで学校側には了承を得ている。
このささやかながら大きな変化を知る人物は、親しい山川さんと長谷川さん、そして――。
「……あれ。山川さんに七瀬さん。昼飯、一緒に食ってんだ?」
あれ以来今まで以上に会話する機会が増えた、設楽先輩だ。
「あっ。設楽先輩! こんにちは」
「あれ。設楽先輩じゃん。っていうか、長谷ちゃんもいるんですけど〜」
「……どうも長谷川です。気にせず話してください」
元バスケ部の先輩たちと一緒にやってきた設楽先輩は面識のない長谷川さんに小さく一礼すると、バスケ部の友人に「空いてるしここ座んね」と声をかけてから、私たちの近くに腰をかけた。
「へー。七瀬さんと山川さん、ずいぶん仲良くなったんだね」
「あ、はい。山川さんとも長谷川さんとも仲良くさせてもらってます」
「まぁ、色々あったしね。っていうか設楽先輩、バイト先じゃツッキーの方が先輩なんだからちゃんと敬語使わないと〜」
「ちょ、山川さんっ、そっ、そんな敬語だなんてっ」
「そういう新人の山川さんこそ敬語使わないとまずいんじゃないの。七瀬先輩、失礼だと思ったら容赦なく体育館裏に呼び出していいっすよ」
「うげ、やめてよ〜。男バスの先輩に言われると冗談に聞こえないんですけど〜」
「あーそういえば男バスって上下関係めっちゃ厳しいんだっけ。大変だね〜頑張って山ちん」
「わかってるね長谷さん……だっけ?」
「長谷川です」
「ちょっ。もう、三人揃ってやめてくださいよお……」
「あはは。ツッキーガチで焦ってるし!」
「なになに、俺らも混ぜてよ!」
男子バスケ部の先輩たちがこぞって話に割って入ってくると、ささやかな食事の時間はとても賑やかなひとときに変貌する。
バスケ部――それも、女子に人気の高い設楽先輩を中心としたグループ――の先輩たちと会話どころか食事まで共にするだなんて、今までなら考えられなかった光景だ。
設楽先輩のことももちろんだけれど、何より、山川さんや長谷川さんとこうして仲良く食事ができるようになったことは私にとって何よりも尊く、幸せな変化だと言える。
ただ……あの夏祭りの日以来、設楽先輩の元気が少しないように見えるのが、少し気がかりだった。
そしてもう一つ、山川さん、長谷川さん、設楽先輩との関係性の変化の他に変わったことといえば、成外内の神様だ。
「あれ……またいない」
夏祭りの日以来、寄れる日はできる限り神様のもとへ足を運び、杜の周辺を軽く掃除したりお供物をしたり日々の出来事を報告したりしているのだが、以前設楽先輩との仲を応援されてからというもの、神社に寄っても神様のお姿が見えない日が増えてきたように思う。
(なにかあったのかな……)
この日も、学校帰りに神様のもとへ寄ったがいくら待っても神様は現れなかった。
(どこ行ったんだろ)
杜の軒先にぶら下がる透明の小鈴をぼんやりと見上げながら漠然と思いを巡らせる。
(最近、会えたとしてもどこか浮かない空気が漂ってることが多いし、なんとなく覇気がなく見えるっていうか……)
指先で小鈴に触れると鈴は物悲しげにりんと音を立てた。
心の底に落ちてくるその儚げな音が、より一層焦燥感を掻き立てる。
(まさか消えたりしないよね? ただの気のせいだといいんだけど……)
単に忙しいだけなら良いのだが、以前神様は『信心を得られなければ力を失い、やがて消滅する』と仰っていたのがずっと心に引っかかっていた。
(また明日こよう。明日こそ会えるといいな)
何度も同じことを思って足を運んでは、神様に会えたり会えなかったり、一喜一憂して。
週を追うごとにその不安は顕著になっていき、結局、月が変わる頃になっても神様の異変が改善されることはなかった。