この1時間、気が気じゃなかった。
ソワソワして授業どころじゃなかった。
73の背中がチラチラ見える。
それがむしろ怖かった。
顔が見えない。
何度か「今そんな事を考えてもしょうがないだろ」という思考が巡ったが人は焦っていると「いやいやいやいや、やばいだろ」という思考でかき消される。
なんなら一生この授業が続いても良かった。
いつも早く終わってくれと願う授業は今、僕の命を繋ぎ止める糸となっている。
頼む、針よ進むな。チャイムよ鳴るな。
願ったところでチャイムは鳴る。

鳴った。

走った。

陸上選手のスタート並に挨拶もそこそこに走った。

ダメだった。

73は『無』だった。
『無』で僕の前に立ちはだかり、
『無』で僕の顔を殴った。
思いっきり。
景色が変わって、体が傾いて初めて痛みを感じた。
あぁ、殴られたのだ。と。
意識が追いつく。
着地地点には誰かの机。
そこに突っ込んだ。
悲鳴が上がった。
人が人を殴ったからじゃない。
急に人が吹っ飛んだから。
歪む視界を何とかピントを合わせて73を探す。
これは多分、自己防衛だ。
目標物がどこにいるのか確認する必要がある。
次にくる攻撃をなるべく少ないダメージで受けるために。
ピントがやっとあってきたところで次の攻撃がきた。もう73を視界に入れることは不可能。
もはや自分が教室のどこにいて、どうなってて、皆が僕を見ているのか、知らんふりしているのか、それすらも分からなかった。
ただ、僕は今殴られているという事実だけが僕が得られる唯一の情報だった。
知ってたか?
人は昼ご飯だけでこんなに怒れるんだぜ。
そりゃ殺人事件も起こるわけだ。

━━━(すさ)まじい速さで変わりゆく景色の中に
一つだけしっかりと形を捉えたものがあった。
こんな状況でも慌てるでもなく飛び退くでもなく嘲笑するでもなくただ、こちらを見る
白井の姿を目に入れて
僕の意識はそこでとだえた。

白井、今、僕を見て何を思う。