〜第7話〜
新学期。
馬鹿みたいに人が押し込まれている電車へと入っていく。
人と人が密接するむさ苦しい空間の中、少しでも気を紛らわせようとスマホを開く。
でも、緊張して何を見ても気が紛れない。
今日から長い長い2学期が始まる。白井の計画実行まではあと1ヶ月。
それで何かが変わるのかと言われればその保証どこにもない。
これから起こるであろう事柄を想像すればこの満員電車の中で吐き出しそうだ。
学校に近づくにつれ脚が、体が重くてうずくまってしまいそうになるけど、制服に手を通しただけで偉い、電車に乗っただけで偉い、最寄り駅で電車を降りただけで偉いと自分を鼓舞してなんとかゲートの前までたどり着いた。
息を吸ってはく。
大きな深呼吸1つ。
ここまで来たんだ。踏み出さなきゃ。
脚がピクピクするだけで前に進めない。
どうしよう。帰ってしまおうか。
来た道を戻ってしまおうか。

「おはよ!凪」
その時、田中が僕の背中を押して学校へ入っていった。
ここで踏み込まなきゃ僕は一生学校に入れない。逃げたままだ。
そう思って田中に続く。
「ピコン」
頭に数字が浮かび上がる。
「田中75?!凄いね」
「俺がポイント上げてアイツらに命令すれば凪へのいじめも減るかなって期末頑張ったんだよ」
なんてかっこいいやつなんだ。
田中が眩しくてサングラスが欲しいくらいだよ。
でも、いくら僕の気持ちが変わったって、いくら僕と田中の関係が良くなったって、現状は何も変わっていない。
教室には花が刺された花瓶が立つ机が2つあって、皆が僕と白井の登校を待っていた。
それを前にして一気に現実に引き戻されたような感覚になる。
僕に向けられていた僕の存在を否定する言葉が頭をグルグルと回って、外界の音が引いていく血の気と共にちょっとずつ聞こえなくなっていく。
「あーあ。くだらな」
そう言って田中は花瓶を73の所まで持っていき、ひっくり返した。
ついでにまだ登校していない白井の分もひっくり返した。
クラスが明らかにざわつく。
「てめぇ…!」
初めての屈辱に73が困惑して田中の胸ぐらを掴む。
「ちゃんと数字見ろよ。お前は俺に刃向かえるタチか?」
こう言われては73はもう田中に何も出来ない。
数字にのみ支配されたこの学校のルールを逆手に取った田中の作戦勝ちだった。
僕はまた立ちすくむことしかできないのか。成長しているのは田中だけか。
違うだろ。
長い、夏休みという猶予。何もしてないわけじゃないだろ。
動け。
そう自分に喝をいれ、今まではパクパクさせていただけだった口を大きく息を吸うために開く。
「昼ごはんの件はほんとにごめん。反省、してるんだ。だから…」
73の顔を見て、言葉が詰まった。殺される。シンプルにそう思った。
無言の圧力。「お前ごときがこの俺に向かって何言ってんだ」顔がそうしゃべっていた。
「ちょっと、どいて。邪魔」
この沈黙の殺意が漂う空間をたった一言で貫く、鋭い言葉。これには聞き覚えがあった。
「おい、白井。今俺に向かって言ったんじゃないよな?」
73の標的が瞬時に白井にシフトチェンジ。
こんな時でも、いつでも白井は冷静だ。
たじろぐことなくまっすぐとした視線で73をにらみつけていた。
73が白井を殴ろうと拳を振り上げた瞬間、
「おーい、いつまで席立ってんだ。ホームルーム始まるぞ」
ここでは生徒が生徒を殴ろうとしていることよりも定時に席についていないことの方が問題になる。
皆、アホみたいに正直に席について先生が教壇の前まで歩くのを見守った。
僕も席に着くけど、73と目が合った時に震えだした手がまだ落ち着かなくて、ちゃんと言葉を発することができたじゃないかとほめる自分と、初日から余計なことしてしまったと後悔する自分が頭の中で喧嘩していた。
そんな僕の頭の中の喧嘩は先生の放った言葉で強制終了を迎える。
「生徒会選挙は急遽、来週になったのでそこのところよろしく」
反射で白井の方を見る。白井の計画実行は生徒会選挙当日だ。
こんな急に対応できるものなのだろうか。
そもそも、うちの高校の生徒会選挙はいわば未来の社長レベルの候補者を決める場でもあり、進学先もそれに応じて特待生進学になったりと今後の人生を大きく左右する特大イベントである。会長はなんとなく皆の中で予想はついているけど、副会長からは戦争だ。あの四天王達も多分死に物狂いでどんな手を使ってでも副会長の座を狙い、蹴散らしあうのだろう。そうなれば僕ら圏外群~2軍群は「俺に票を入れろ」「私に入れろ」と巻き込まれ、裏切りがバレればその日からの学校生活は終わったに等しいだろう。そんな状況がこれから繰り広げられるのだ。考えただけでも恐ろしい。白井はそこから何に希望をもって復讐計画なんて実行するのだろうか。