目が覚めて、1番最初に思ったのは
あぁ、生きてたよ。
だった。
金属バットなんかで殴られたらとんでもない事になるんじゃないかと思っていたけどあいつらはその手のプロだったらしい。
僕はどこかしらの倉庫に放り込まれていた。
身体は生憎にも動く。
「っん…よいしょっと」
情けない声を漏らしながら何とか地べたに座った。
胡座(あぐら)をかいて、重力に逆らうことすら面倒で首が座らない。
今、何時だ?
「スマホ、スマホ」
ポッケに手を突っ込みスマホを取り出す。
奇跡的に取られていなかったし奇跡的に割れていなかった。
23:14
「マジかよ」
終電を逃した。
もうこのままここに居てしまおうか。
どうせ親だって心配しない。
現になんの通知も入っていないスマホが物語っている。
制服は血や土が着いて汚いけど、
そんな事はどうだっていい。
明日になればどうせまた汚れる。
僕は死ぬのが怖かったらしいし。
「はぁ…」
ため息をつくと身体が痛む。
「あ、明日から夏休みか」
そうだった。明日から学校がない。
最高じゃないか。学校に行かなくていいんだ。
ちょっとした希望に光を見出したその瞬間、
ガタンッ
物音がして、ビックリして振り返る。
傷がキーンっと痛む。
もう、なんなんだよ。
そこには人影が確かにある。
この期に及んで幽霊か?
ふざけんな。
どうなってんだよ。

でも、幽霊だと思っていたそれは幽霊じゃなくてちゃんと人。
それも
「え、白井…?」
そこには下は制服のスカート、上はシャツ1枚の白井がいた。
今起きました。みたいなそんな虚ろそうな目でこちらをボーッと見つめてくる。
「なにやってんの」
いや、見ればだいたい予想つくけど今はこれしか聞くことがない。このなんとも言えない状況にはこのセリフが1番お似合いだろう。
「なにも」
初めて聞いた白井の声は弱々しくて僕に届く前に消えてしまいそう。
倉庫の窓から差し込む月明かりが白井を照らす。
白くてほっそりした腕に黒くて綺麗な髪がサラサラと落ちる。
ちゃんと白井を見たのも初めてだ。
綺麗だった。
ちょっとつり上がった目は虚ろなのに僕を刺すように見つめてくる。
「服、着ないの?」
「服、ない」
「帰らないの?」
「帰っても仕方ない」
ほぼオウム返し。
会話がプツプツ切れて続かない。
だから、なのか。僕がバットで殴られて頭がバカになったからなのか。分からないけど
こんな事を呟いた。

「なんで、生きてるの?」

言った瞬間ハッとした。
これじゃあまるでアイツらと一緒だ。
僕が聞きたかったのは「どうしてあんなに辛い思いをしても生きていられるのか」だ。
あまりにも言葉足らずすぎる。
白井の存在価値を否定する、最低なセリフ。
これは全く最善じゃない。
今出た失言を弁解すべく口を開こうとした時、
「人って意外と手強いの、知ってる?」
初めて白井の方から疑問をぶつけてきた。
「え?」
「人って全然死なないんだよ」
続けて言う。
「ねぇ、今ここで死んでみてよ」
「は?」
「ここにカッターがある。これで今、死んでみてよ」
僕の失言に怒っているのだろうか。
そういう風には見えないけど
淡々と言ってカッターをこちらに投げて寄こした。
「手首に当ててみな。死ねるかな?」
多分僕は試されている。
白井に試されている。
何を試されているのかは分からないけど、
これを実行することにとても意味があるように感じた。

カッターの歯を3つ分だして、
手首に刃を立てた。
夏は夜でも暑い。
カッターの刃が冷たくひんやりしていて気持ちよかった。
強く押し当てる。
刃が腕に食い込む。
何も考えずカッターを引いた。
スッと。

手首からは全然血がでなくてただポツポツと浮かび上がってくる程度。
これじゃあ死ぬのは到底無理だろう。
その腕を見て白井はフッと息を吐いて
「やっぱり」
と呟いてきた。
「何がだよ」
その反応にイラッとしてそう返す。
「私、あんたの事嫌いなのよね。いつも自分は関係ありませんって顔で呑気に1日過ごして、全てを悟ったみたいな、この学校の攻略法を知っているみたいな雰囲気で澄ましてるのが気に食わない。田中君はそんなあんたに気遣ってくれてたのにあんな言い方して。今こんな目にあってるのだって自分が悪い癖に自分は被害者だみたいな面持ちだし。私なんかに気を取られずお昼ご飯買いに行けば全て解決だったでしょ。そういうのなんて言ってるか知ってる?自業自得って言うんだよ。じごうじとく」
淡々と喋られる言葉は僕の穴という穴から渦をまくようにして侵食していった。
ドロドロと注がれるその言葉たちをただ聞くことしか出来なかった。
ただ聞くことしか出来なかったのは全て図星だから。反論の余地がない。
一方的にこんだけボロくそ言われて悔しいしムカつくしちょっと恥ずかしい思いもある。
でもそれ以上に今の僕にこの言葉たちを跳ね返す言葉を言えるほどの気力も体力も、もはや持ち合わせていなかった。

僕には、何も無いじゃないか。