岩壁に覆われた広い空間に、木造りの家屋がいくつも並んでいる。
 地下迷宮の第三層――居住層と呼ばれるそこは、ミストラルの兵士たちが暮らしている生活空間だ。

「【賽は投げられた――神の導き――恨むなら己の天命を恨め】――【運命の悪戯(フォル・トゥーナ)】!」

 現在、その第三層の居住層にて、北部襲撃隊とミストラルの構成員たちがぶつかり合っている。
 万全の状態で待ち構えていたミストラル側は、多彩な魔道具を用いて国家魔術師たちに対抗していた。

「絶対に国家魔術師たちをこの先に進ませるな!」

「アリメント様の邪魔は絶対にさせない!」

 魔素収縮具の影響で、国家魔術師たちは思うように力を出せていない。
 そのこともあって私たちはかなり苦戦していた。
 術師序列一位のヴェルジュさんがいても、突破に難航している。
 南部襲撃隊が合流してくれることを祈るばかりだが、一向に姿を現さないし。
 どうやら上層で手を焼いているらしく、第三層に下りるのに時間が掛かっているようだ。

「この層に来てから、ますます魔法の調子が出ねえな……!」

「やはり魔素収縮具が近いせいか……!」

 なおのこと早く魔素収縮具を破壊して、国家魔術師たちを自由に動けるようにしてあげないと。
 それができるのは今、魔素収縮の影響を受けない私だけ。
 やはり無作為転移魔法の【我儘な呼び出し(アリアン・シフレ)】を使って、一気に収縮具の場所まで転移した方が……

「……いや」

 以前にその提案は却下されている。
 どのような罠が仕掛けられているかもわからないため、その転移魔法を使うのは危険だと。
 待ち伏せをされていた時のリスクも計り知れないから。
 今は国家魔術師たちの急襲によって第三層は混乱状態に陥っているから、多少は警戒の目が薄れているとは思うけど。
 それを前提として動くのはさすがに博打すぎるか。

 いや、そうか……

「【迷える子羊――手招きする伝道者――最後は己の心に従え】」

 この魔法は、どこに転移するかわからない転移魔法。
 そして幸運値999の私が使えば、自分の望み通りの場所に転移することができる万能魔法へと変化する。
 つまり、こう考えればいいのだ。
 “魔素収縮具がある安全な場所(・・・・・)に転移したい”と。
 もし魔素収縮具の場所が安全で、私一人で突っ込んでも破壊が可能なら、転移が成功するはず。
 逆に監視や罠のせいで“危険な場所”だと判断されたら、転移魔法は失敗する。
 それで今、魔素収縮具の場所が安全か危険かを、間接的に確かめることができるのだ。

「【我儘な呼び出し(アリアン・シフレ)】!」

 転移魔法を発動させると、不意に私の視界がぼやけ始めた。
 直後、景色が切り替わるようにして私の体は転移する。
 辿り着いたその場所は、岩の壁に覆われた薄暗い部屋で、情報通り大きな壺の形をした魔道具が設置されていた。

「見つけた……!」

 無作為転移魔法が成功した。
 ということは危険な罠は張られていないということ。
 そして危惧していた見張りの方も数が少ない。
 合計で五人。
 ここまで手薄になっているのは、やはり第三層に国家魔術師たちが攻め入って来たからだろうか。

「て、転移魔法だと!?」

「なぜこの場所がわかったんだ……!」

 賭けは私の勝ちのようだ。
 やっぱり私は、運がいい。
 魔素収縮具を破壊するべく、私は全力で地面を蹴った。

「――っ!」

 鋭く息を吐いて疾走すると、それに反応して武装兵たちが前に出て来た。
 こちらを迎撃するべく魔道具の武器を構える。
 しかし残念ながら、私は【火事場の馬鹿力(グラン・ディール)】で身体能力を底上げしている。
 たったこれだけの見張りでは、私のことを止められるはずもなかった。

「はあっ!」

 武装兵たちの剣や槍を掻い潜り、一瞬で隙間を通り抜けると、私は大壺を狙って脚を一閃した。
 黒々とした煙を吐いていた壺は、私の蹴りによって豪快に砕け散る。
 それによって見張りの兵士たちの顔は蒼白し、周囲に漂っていた黒いモヤも一気に晴れた。

「くそっ、やられた!」

「ふざけやがってこのガキがッ!」

 これで魔素収縮具の破壊は完了した。
 魔術師たちの魔素の不調は解消されるはず。
 手早く自分の役目を果たした私は、なおも向かって来る武装兵たちに手を振って……

「失礼しました〜」

 再び転移魔法を使って、北部襲撃隊の方へと帰って行った。
 戻ったすぐ近くにはヴェルジュさんがいて、怪訝な顔をしながら問いかけてくる。

「サチ・マルムラード君、いったいどこへ……」

「魔素収縮具を破壊して来ました! これでみんなの魔素は元に戻るはずです!」

「……無茶をする子だな」

 ヴェルジュさんには呆れられてしまったけれど、すぐに笑みと共に称賛を送ってくれた。

「でも本当に助かったよ。君のおかげで国家魔術師たちが息を吹き返す。ここからは俺たちの時間だ」

 それに頷きを返すように、北部襲撃隊の国家魔術師たちは勢いづいて攻撃を始めた。
 魔素が元に戻ったことで、みんな本来の実力を発揮することができている。
 ミストラル側はその様子を見て、遅れて魔素収縮具が破壊されたことに気が付いて焦り始めた。

「い、いったいいつの間に……!」

「なぜあの場所が……」

 ついでにこれで上層で苦戦している南部襲撃隊も形勢を変えられるはず。
 一気に風向きがこちら側に傾いて、程なくして私たちは兵士たちの陣形を崩すことができた。
 ヴェルジュさんが奴らに降伏を促す。

「これで終わりだよミストラル。魔素収縮具は破壊させてもらった。大人しく投降すればこれ以上危害を加えるつもりはない」

「投降しろだと……! ふざけたこと抜かしてんじゃねえ!」

 圧倒的劣勢に立たされた状況で、なおもミストラルの武装兵たちは敵意を剥き出しにしてくる。

「俺たちはまだ負けてねえ……! 薄汚れた国家魔術師の連中に白旗なんざ揚げるわけねえだろ!」

 しかし国家魔術師たちが力を取り戻してしまったため、状況は明らかに不利だった。
 さすがにそこは理解しているようで、冷や汗を滲ませながら武器を構えている。
 その様子を見て、ヴェルジュさんはこれ以上の刺激をしないように穏やかな声で語りかけた。

「俺たちの勝負はもうついたと言ってもいい。これ以上の抵抗は無駄な犠牲者を出すだけだ」

「勝手に決めつけてんじゃねえ! まだ勝負はついてねえだろうが!」

「それにたとえ死んでも、俺たちは絶対に国家魔術師たちには降らねえ!」

 ヴェルジュさんの語りかけも意味をなさず、聞く耳を持たない彼らは強気を貫き続ける。
 魔術師に対する怒り、そして魔術国家への憎しみが溢れ出ていた。

「お前らはいいよな。生まれた時から魔力値に恵まれてよ。この魔力至上主義の世の中にすぐに溶け込むことができたんだろ」

 最前列にいる一人の男が、抱えていた不満を術師序列一位にぶつける。

「でも俺たちは違う。魔力値が低いせいで蔑まれて疎まれて、生まれた瞬間に無価値のレッテルを貼られた。そんな俺らの気持ちがわからねえから、こうして居場所を奪いに来たんだろ!」

 その声に、他の兵士たちも同調の叫び声を上げる。
 魔力値がないから蔑まれた。
 無価値な存在だと一方的に断定された。
 だからこの魔術国家が嫌い。
 私も魔力値が低いせいで同じような経験をしたことがあるから、まったくわからないということはなかった。
 でも……

「魔力値に恵まれて、か」

 ヴェルジュさんが、ふっと静かに微笑みながら男に返す。

「参考までに聞かせてくれよ。君の魔力値はいくつなんだ?」

「はっ? な、なんでそんなこと……」

「参考までに、だよ。ほらっ、笑わないから教えてごらん」

「……」

 ヴェルジュさんに問いかけられた兵士は、躊躇いながらもその問いに答えた。

「125だ」

 125。
 平均が150と言われている中で125となると、確かに低く見られてしまうかもしれない。
 おまけに彼は、少々特異な立場のようだった。

「俺は子爵家の生まれで貴族の端くれだが、国家魔術師の平均魔力値に届いていないからと勘当された。こんな魔力値で国家魔術師になれるはずがないからと、家の連中はこの俺を見捨てやがったんだ。魔力至上主義の魔術国家のせいで、俺は……」

 不満をこぼし続ける彼の声を遮るように、ヴェルジュさんが言う。

「なんだ、俺と同じじゃないか」

「…………はっ?」

「奇遇だね、俺の魔力値も125だよ」

「そ、そんなわけあるか! てめえ術師序列一位のヴェルジュ・ギャランだろ! さっきだって他の連中とは比べ物にならないほどの魔法を使っていた! そんな奴が俺と同じ魔力値なんて……」

「低いことを公言はしていたけど、正確な数字までは大々的に公表していなかったから知らなかったのかな。間違いなく俺の魔力値は125だ。王族の生まれだというのにこの魔力値だったから、それはもう軽蔑されたものだよ」

 どうやら多重詠唱(スペル・アンサンブル)を使っていることを知らないようで、兵士たちは目を見開いて驚愕している。

「魔力値が重要だというのは揺るぎない事実だ。でも俺はそれがすべてではないと思っている。たとえ魔力値が低くても、人が人である限り誰かの役に立つことはできるんだから」

 ヴェルジュさんは目の前の兵士一人だけにではなく、全員に語るように続ける。

「だから俺は、今の偏りすぎている価値観を変えたいと思っている。君たちと同じさ。だから君たちの考えを真っ向から否定するつもりはないけど、この“やり方”だけは否定させてもらう」

「やり、方……?」

「どれだけ不公平な世の中であろうと、それに対する怒りで赤の他人まで巻き込んでしまうのはいくらなんでも間違っているってね」

 言われた兵士たちは心を痛めるようにぐっと歯を食いしばる。
 そう、彼らの考え自体は間違っていないと思う。
 私だって魔力値が低いせいで苦しい思いをしたことがあるし、ヴェルジュさんだって似たような経験をしているようだ。
 他にも淘汰されている人たちがいるのは事実で、そこに不満を抱くのは当然だと思う。
 でも、それで見知らぬ他人を巻き込んでまで魔術国家に復讐をするのは、明らかに間違っている。
 それを改めて気付かされたようで、彼らは何も言い返せずに目を伏せた。

「これからは君たちも住みやすい世の中を俺が作っていく。次代の国王になるつもりはなかったけど、君たちの意思を見させてもらって俺も考えを改めた。俺がこの魔術国家の王になって価値観を変えてみせる。だからこれ以上の抵抗をやめて、大人しく武器を収めてほしい」

 術師序列一位であり、第二王子のヴェルジュ・ギャランさんからの歩み寄るような提案。
 それを受けて、ミストラルの兵士たちは心が動いているのか、目を泳がせて戸惑っていた。
 確かにこの人が王様になれば、今のミストラル側が抱えている問題を取り除くことができる。
 何より彼らと同じ魔力値の低い人間からの説得で、心を大きく動かされているようだった。
 兵士たちの戦意が徐々に薄れていくのを感じる。
 迸っていた殺気も消えていく。
 ミストラルの兵士たちはヴェルジュ・ギャランという新しい希望を見たことで、手に持っていた武器を下ろそうとしてくれた。



 刹那――



「ヴェルジュ!!!」

「――っ!?」

 不意に背後から、一つの人影がヴェルジュさんを襲った。
 魔法によって作られた業火の長剣が、ヴェルジュさんの右肩を深々と貫く。

「ヴェルジュさん!」

 襲撃者は続け様にヴェルジュさんを蹴り、居住層の家屋の方まで吹き飛ばした。
 その光景を見ていた国家魔術師とミストラルの兵士たちは、あまりに突然のことに呆然とする。
 皆の視線は襲撃者の方に向けられて、その人物の姿が鮮明に映ると、全員が揃って同じ気持ちを抱いた。

「どう、して……」

 襲撃者の正体は……術師序列二位であり、ヴェルジュさんの実の兄である、第一王子のシャン・ギャランさんだった。