青ずきんちゃん、もといミルと行動を共にしてから二十分ほど。
花の形をした魔獣――死花はいまだに見つかっていない。
まだまだ時間はあるからいいんだけど、なるべくは早めに見つかってくれたら嬉しいな。
おかしいなぁ。私って幸運値999の超幸運少女じゃなかったっけ?
やっぱり隣に超不幸少女がいるから、私の豪運も影が薄くなっているのかも。
ともあれただ森を歩いている時間が暇だったので、私は気になっていたことをミルに尋ねた。
「なんでまだ森の中にいたのさ?」
「えっ?」
「三十分くらい前にポーチ見つけてあげたのに、なんでまだ森の中にいたの? とっくに合格してるもんだと思ってたよ」
ポーチを見つけたあの場所から森を出るまで、おそらく十分も掛からないはず。
それなのにミルは森の入口どころか、私が探索している奥の方にまでやって来ていた。
明らかにおかしい。運が悪くて道に迷ったとか?
「あの、えっと……あなたのことを、サチさんのことを探していたので」
「えっ、わたし?」
「ポーチを探すのを手伝ってもらったのに、何もお礼をしないで帰るのは悪いなと思って……」
あぁ、そゆこと。
あの時、結構あっさりとミルの前から立ち去ってしまったから、向こうも声を掛けるタイミングがなかったんじゃないかな。
それで後から私のことを手伝った方がいいと思って、私のことを探していたと。
それじゃあ変に責められないな、と思っていると、ミルはあの不幸な泣きっ面を浮かべてぐすっと鼻を啜った。
「でも、これ以上サチさんに関わると不幸にしてしまうんじゃないかと思って、始めは探そうかどうかすごく迷いました。それでどうするか考えている内に森の中で迷子になってしまって、当てもなく獣道を歩いていたらさっきの三人に出くわしてしまいました」
「相変わらず運がないね君」
さすが幸運値0の不幸娘。
結局運の悪さが災いして不幸な道に導かれてしまったらしい。
でもどうして道端で会っただけであんな詰め寄られることになったのだろう?
普通ならただ通り過ぎるだけじゃないの?
筆記試験の会場で見掛けたのなら、同じ入試参加者だとはわかるけど、ミルがすでに死花の胚珠を手に入れているとはさすがに知らなかったはずだし。
という私の内心の疑問を感じ取ってか、ミルが心なしか申し訳なさそうに語った。
「最初は優しい感じで話し掛けてくれたんですよ。それで死花の胚珠を手に入れたかどうか聞かれて答えたら、どんなものか参考に見せてほしいって言われて、実際に見せたら態度が急変しました」
「なんで馬鹿正直に見せちゃうかな」
もっと他人を疑って然るべきだよ。
聞かれたことに素直に答えちゃうのもよくないと思うし。
するとミルは涙まじりに苦しい言い訳をした。
「だってだって、すごく困ってそうだったんですもん……!」
「そんなの演技に決まってるじゃん。どうせ弱そうな子から胚珠を奪おうって魂胆なんだから。困ってる人に無闇に手を差し伸べるんじゃありません。いいことなんて何一つ起きないし、そういうのはちゃんと無視するのが正解なの」
「じゃあどうしてサチさんは私のことを助けてくれたんですか?」
「むっ……」
見事な返球をされてしまった。
思わず私も、『確かにそうだね』と自分で思ってしまったくらいだ。
私も困っているこの子に無闇に手を差し伸べてしまった。
それなのに偉そうに助言なんかして、明らかに矛盾している。
ミルも私がおかしなことを言っていると気付いてか、『矛盾していませんか』と言わんばかりの顔を向けてきているし。
この青ずきんちゃんめ……
「そんな風に生意気なこと言う子には、こうだ!」
「や、やめてくださいやめてください! フードを取らないでください! フードを裏っ返しにしないでください!」
程々に悪戯もできたので、それなりに気分はよくなりました。
そんなやり取りをしながら、私とミルは森の深くへと進んでいく。
正直当てがないので気の向くままに歩き回っているけれど、果たしてこのままで本当に死花を見つけることはできるのだろうか?
ミルの分だけじゃなくて、私の分も見つけなきゃいけないっていうのに。
なんて思いながら私は、不意な沈黙を嫌がって、えんえん言いながら裏返しになったフードを直しているミルにあることを尋ねた。
「ところで、ミルはどうして魔術学園の入試を受けたの?」
「えっ?」
「あの貴族たちには萎縮しちゃってたけど、本当はすごく魔術学園に入学したそうに見えたからさ。どうしても国家魔術師になりたい理由とかあるのかなって思って」
少し前から疑問に思っていたことだ。
ミルが気弱で不運な子だというのはもうわかった。
だからこそ不思議に思うこともある。
魔術師はその名の通り、“魔法”を戦うための“術”とする者を指す。
現代では魔法技術の発展に貢献する者たちも漏れなく魔術師と呼ばれたりしているので、その定義は曖昧になりつつあるが。
多くは魔獣討伐を生業とする者たちが魔術師と呼ばれている。
そして魔獣討伐は相当な精神力がなければ務まらない。
ましてやミルみたいに気が弱い子は、ろくに魔獣の前に立つこともできないはずなのだ。
しかしミルは、国家魔術師になりたい願望が人一倍あるように見えた。
そのために魔術学園への入学は必至で、この入試にも強い心持ちで参加しているように見える。
『やっぱり私みたいに不運な人間が、国家魔術師になろうだなんて烏滸がましかったんです』
おぼっちゃまたちに罵倒されてそんなことを言っていたけど、本当は諦めたくないって思っていたに違いない。
だってそう言っていた時の表情が、とても悔しそうに見えたから。
ミルにそこまでの決意をさせている理由とは、いったい何なのだろうか。
「あっ、言いたくなかったら全然答えなくていいからね。ちょっと不躾な質問しちゃったかもだし」
「い、いえ、別に隠すようなことではないので」
そう言ってくれたミルは、今回の入学試験に参加した理由を話してくれた。
「私、お金が欲しいんです」
「お金?」
「すごくたくさんのお金です。そうしないと母は、あと五年も生きられないって言われているんです」
大人しそうな顔に似合わず俗物的な考えをお持ちだな。
と思いきや、お金が欲しいのはどうやらミルのお母さんが関係しているみたいだった。
五年も生きられないって、病気か何か患ってしまったのだろうか?
「私の故郷はオリヴィエという名前の農村で、母はそこで畑仕事をしています。女手一つで私のことを育ててくれて、数年前まではとても元気に過ごしていたんですけど……」
ミルの顔に翳りが差す。
「ある日突然、畑仕事中に倒れてしまって、とても重い病気に罹っているとわかりました」
「重い病気?」
「治療するには小さな村や町の治療院ではダメみたいで、王都ブロッサムの大きな治療院に入れて、多額の医療費を払わなければならないそうです」
「……だから、すごくたくさんのお金が欲しいってこと?」
ミルは重々しい様子で頷く。
「はい。国家魔術師になれば、魔法研究のために莫大な研究費を国から支給されるので、そのお金で母の病気を治してあげようと思いまして。今から最短で魔術学園を卒業できれば、五年という猶予にはなんとか間に合いますから」
だからミルは、魔術学園の入学して国家魔術師になりたいのか。
確かに農民の娘一人で、莫大な医療費を五年で稼ぐのは不可能に近いだろう。
当てがあれば誰かからお金を借りることもできるけど、金額も金額なだけにそれも難しかったんじゃないかな。
そして残された手は、国家魔術師になること。
思えばマルベリーさんもかなりお金を貯めていたし、国家魔術師になって程なくして医療費分は貯められるだろう。
魔法の才能をある程度持っていたら、その発想に至るのは当然のことだ。
ましてやミルほどの才能の持ち主なら、その考えが真っ先に浮かんでも不思議じゃない。
「もしかしたら母の病気も、私の不幸が招いてしまったことかもしれないので、これはどうしても私がやらなければいけないことなんです」
改めてミルが国家魔術師を目指している理由がわかり、私は静かに頬を緩める。
そして勝手に親近感を湧かせて、思わず自分の話をしてしまった。
「私もね、どうしても助けたい人がいるんだ」
「えっ?」
「その人を助けるためには、たぶん国家魔術師になるのが一番だと思ったから、私もこうして魔術学園の入学試験を受けてるの」
教えてくれたお返し、というわけではない。
どうしてかこの子には知っておいてほしいと思ったから。
だから私はほとんど無意識のうちに、国家魔術師を目指している理由を彼女に明かした。
同じ目標を持っているとわかって、つい嬉しくなっちゃったのかも。
「だからお互い、入学試験に合格して、無事に卒業できるといいね」
「……は、はい。そうですね」
ミルはゆっくりと頷いて、私の発言に同意を示してくれた。
そしてフードの下のその童顔に、静かに笑みをたたえてくれる。
気持ちが同調したことで私も嬉しくなり、一層笑みを深めたのだった。
と、その時――
ミルが突然、弾かれるように視線を動かして、森の奥の方をじっと見据え始めた。
「……見つけました」
「えっ? 何を?」
次の瞬間、ミルは走り出していた。
私も釣られて彼女の後を追いかける。
何が何だかわからないままにミルの背中を追いかけていると、やがて木々を縫うようにして走った先で、緑色の巨大生物と出くわした。
「フシャァァァ!!!」
花の蕾と木の蔓を合体させたような魔獣。
蕾には横三本の溝ができており、まるで顔のようになっている。
下部には無数の蔓を生やして、それを地に這わせて足のように動かしていた。
一言で言ってキモイ。
「もしかして、これが死花?」
「はい、そうです。私が戦ったのより、ちょっと大きめですけど」
これが試験官さんの言っていた討伐対象の魔獣らしい。
すでに死花を討伐しているミルが言っているのだから間違いないのだろう。
それにしてもどうしてミルは、この死花の居場所をいち早く感知できたのだろうか?
まだかなり魔獣との距離は空いていたと思うんだけど、まるで位置がわかっているみたいにここまで来られたし。
「あっ、もしかして、“索敵魔法”とか使ってた?」
「はい、一応……」
そういえばマルベリーさんに教えてもらったことがある。
周囲に自身の魔素の欠片を振り撒いて、他者の魔素を感知する『索敵魔法』があると。
魔獣の体にも魔素は流れていて、魔獣たちは無意識にその魔素を全身から放出して身を守っている。
そのため索敵魔法では人間を感知した時よりも、魔獣を感知した時の方が強烈な反応を示すらしい。
結構な距離が空いていると思ったんだけど、あんな所からでも感知できるものなんだなぁ。
そういえば、索敵魔法の探知範囲は、使用者の魔力値によって変わるとかマルベリーさんは言っていたような……
「フシャァァァ! フシャァァァ!」
「なんかめちゃくちゃ気性荒いな」
私たちを目前にして蕾をぷくぷくと膨らませている。
同時に足みたいな木の蔓をウヨウヨと動かして、地面を鞭のようにバチバチと打っていた。
「うおっと危ない!」
私とミルは弾け飛ぶ木々や泥を避けながら、適度な距離を保ち続ける。
あの木の蔓で手足とか絡め取られたらかなり厄介そうだ。
それに蕾の頭の方から漏れている黄緑色の液体にも、充分に気を付けた方が良さそう。
地面に滴って“シューシュー”と音が鳴っているし、たぶんあれが試験官さんの言っていた“毒”じゃないかな。
確か生命力も吸い取るって言ってたよね? あの木の蔓から吸い取るのかな?
「まずは私が魔獣の動きを止めますので、サチさんはその隙に……」
まあ、何でもいいか。
私は荒ぶる魔獣を前にして、ミルを後ろに下げるように彼女の前に立った。
何かを提案してくれていたみたいだけど、その必要はない。
「別にいいよ、ミルは何もしなくても。魔獣を見つけてくれたお礼に、ここは私一人でやるから」
「えっ?」
言うや否や、私は右手を前にかざす。
そしてしっかりと死花に狙いを定めて、私は目を細めた。
「ひ、一人では無茶ですよ! 私が一人で倒したのは生まれたての小さな死花で、これはもう開花直前の……」
口に馴染んだ言葉を、滑らかに詠唱する。
「【生か死か――死神の大鎌――ひと思いに敵の首を刈り取れ】」
一撃で終わらせるために、私はこの魔法を叫んだ。
「【悪魔の知らせ】!」
刹那、かざしていた右手に漆黒の光が灯り、死花の全身が黒々としたモヤに包まれた。
すると暴れ回っていた巨大植物が、唐突にその巨躯をピタリと静止させる。
「フ……シャ……!」
声すらも上げなくなり、次に死花が鳴らしたのは、地面に倒れ伏す轟音だった。
もう奴は、木の蔓の端っこを動かすこともない。
完全に、永遠の眠りについていた。
「はい、一撃ひっさーつ!」
「……」
死花が絶命したことを確認した私は、さっそく胚珠を回収することにした。
巨大植物の死骸に近付いて、蕾の部分を窺ってみる。
おそらくこの巨大な蕾の中心に胚珠があるんだと思うんだけど、毒液に塗れていて下手に手出しできそうにない。
仕方ないと思った私は、何かに使えると思って持って来ていたナイフを使って、慎重に胚珠を取り出そうとした。
その間、ずっと黙り込んで固まっていたミルが、驚いたような様子で声を掛けてくる。
「今のは、えっと…………な、何の魔法ですか?」
「えっ、今の? 即死魔法の【悪魔の知らせ】だけど……」
と言った後で、ハタと気が付く。
即死魔法の【悪魔の知らせ】は、一般的な魔法として世間に浸透していないのだった。
通常の魔術師が使った場合は、百万回に一回しか成功しないというただの欠陥魔法だもんね。
「あははぁ、やっぱり知らないよね、こんなマイナーな魔法。普通の魔術師からしたら何の役にも立たない欠陥魔法だし」
軽くそう説明している間に、蕾の外側をナイフで削り切ることができた。
すると奥の方に拳大ほどの白い玉を見つけて、最後にそれを切り取る。
これが胚珠、でいいんだよね?
ナイフに付着した毒液を手巾で丁寧に拭き取って、再び懐に仕舞う。
ようやくしてミルの方を振り返ると、彼女はいまだに納得できていないと言うように固まっていたので、私はさらに即死魔法の説明を重ねることにした。
「【悪魔の知らせ】は簡単に言うと、相手を極稀に即死させることができるっていう魔法なんだけど、ほとんど成功しないから誰も使ってないんだって。まあ私の場合は幸運値が高いから、絶対に成功するんだけどさ」
「……」
そこまで伝えても理解が追いついていないように口をあんぐりと開けている。
幸運値頼みで即死魔法を使う魔術師は、やっぱりかなり珍しいみたいだ。
ていうか全国を探しても、そんな奇術使いは私しかいないか。
「って、私の魔法のことなんか話しててもつまんないよね。もう一匹死花を見つけなきゃいけないし、早いところ探しに……」
これ以上の沈黙を嫌がった私は、早々に話を終わらせて探索を再開しようとする。
だが……
「フシャァァァ!!!」
「「――っ!?」」
突如としてどこからか、再び死花の特徴的な声が聞こえてきた。
ミルの索敵魔法はすでに解かれていたのか、彼女も驚いたように声のした方を振り向いている。
私たちは顔を見合わせると、さっそく二つ目の胚珠が手に入ると思い、すぐさま声のした方に走り出した。
すると、木々を僅かに抜けた先には……
「えっ?」
予想通り、花の形をした魔獣――死花がいた。
だが、予想外のものもいくつか視界の内に飛び込んできた。
まず驚かされたのが、死花が一匹だけではなかったということ。
その数、計五匹。巨大な植物型魔獣が五匹も揃っている光景は、壮観の一言に尽きる。
そしてもう一つ肝を抜かれた点は……
「な、なんでこいつら俺らの魔法が効かねえんだよ!」
「くく、来るな! こっちに来るんじゃない!」
「二人とも狼狽えるな!」
先ほど、ミルから胚珠を奪った、あの貴族のおぼっちゃま三人組がそこにはいた。
五匹の死花と交戦中のようだが、明らかに防戦一方になっている様子である。
果てには壁にも見える大木の根元まで追い詰められて、いよいよ逃げ道までなくなってしまっていた。
これらの情報を一度に視界に入れられて、私とミルは思わず放心してしまう。
しかし、それ以上に驚きだったのは……
「どういうこと、あれ?」
五匹の死花の頭には、開花前の植物の蕾ではなく、いったいどういうわけか……鮮やかな真紅の花が咲いていた。