王都から馬車を走らせて、僅か一日足らずで『無益の森』と呼ばれている魔獣領域に辿り着いた。
 どうやら召喚魔法によって強力な馬型魔獣を呼び出し、加速魔法も付与していたため高速で着けたようだ。
 確かにその方法なら、全員を一気に目的地にまで運べて、魔力の消費も最低限に抑えることができる。
 そこからは馬車を降りて、魔獣との戦闘を避けつつ隠れ家の地下迷宮へと向かうことになった。
 八つに分けた馬車の内、すでに三つが森の入口が見える茂みの裏に到着している。
 そこで身を潜めていると、ヴェルジュさんから魔法による念話がかかってきた。

『先に待機場所に着いた人たちは、事前に身体強化魔法と索敵魔法、隠密魔法など可能な限りの支援魔法を付与しておくんだ』

 ミストラルの隠れ家には、魔素の働きを阻害する毒煙が蔓延している。
 しかし仮に魔素を収縮させられたとしても、事前に発動させた魔法に関しては通常通りの効果を発揮するのだ。
 だからヴェルジュさんは事前に魔法を付与しておくように伝えてきた。
 私も可能な限りの付与魔法を使っておく。
 そして残りの襲撃隊が到着するのを、ミルと一緒に茂みの裏で待っていると、不意に後ろから声を掛けられた。

「サチ・マルムラード君、かな?」

「えっ?」

 振り返るとそこには、ヴェルジュ・ギャランさんがいた。
 私とミルが配属された北部襲撃隊の隊長であり、今回の作戦の総司令官でもある序列一位の魔術師。
 ヴェルジュさんを乗せた馬車も到着したらしく、辺りにはもうすでにそれなりの魔術師たちが集まっている。
 でもまさか、ヴェルジュさんの方から声を掛けられるとは思わなかったなぁ。
 とんでもない大物が目の前に現れたため、ミルと一緒に固まっていると、ヴェルジュさんはにこやかな笑みを見せてくれた。

「そんなに緊張しないでほしい。俺はただ国家魔術師の招集を手伝ってくれた君に、お礼を言いに来ただけなんだから」

「お礼?」

「君のおかげでなんとか期間内に最低限の戦力を揃えることができた。本当に感謝する。襲撃作戦の開始前に伝えられてよかったよ」

「い、いえ。あれは私がやりたくてやったことなので」

 ミストラルを止めたいという気持ちは私も同じだから。
 まあ、術師序列一位の魔術師に感謝されるなんて、滅多にできない貴重な経験ができたのでやってよかった。

「君の力には大いに期待している。魔素収縮具の影響下でも通常通りに戦闘ができる貴重な存在だからね。だからもし何か必要なことなどがあれば、遠慮せずに言ってほしい」

「そ、そこまで気を遣っていただかなくても……」

 どうやらアナナス学園長さんから私の話を聞いているらしく、変な期待をかけられていた。
 身に余る光栄だなぁ、なんて思っていると、不意にその時遠方から一台の馬車が走って来る。
 それは南部襲撃隊の人たちを乗せた馬車の一台で、中からは見覚えのある人物が降りてきた。
 術師序列二位、シャン・ギャラン。
 南部襲撃隊の隊長を任された国家魔術師で、ヴェルジュさんの実のお兄さんだ。

「お疲れシャン兄。南部襲撃隊の方も揃って来たみたいだね」

「……」

 ヴェルジュさんが気さくな様子でお兄さんに声を掛けると、それに対してお兄さんは冷ややかな目を返してくるだけだった。
 無口な人なんだろうかと思っていると、ヴェルジュさんが同じ調子でさらに続ける。

「森に入ったら部隊ごとに分かれて、それぞれの地下迷宮の入口を目指す。そこからは念話での連絡になるから、そっちの部隊に何かあったらすぐに俺に……」

「いい気になるなよヴェルジュ」

 不意にシャンさんが冷え切った声をこぼして、場の空気が一気に凍りついた。
 シャンさんだけではなく、彼の部下である南部襲撃隊の魔術師たちも、何やら冷たい目を向けてきているような……
 そんな不穏な気配を感じ取って、思わずミルと顔を見合わせていると、シャンさんがヴェルジュさんに鋭い視線を浴びせた。

「今回は術師序列によって指揮官が決まっただけで、王位継承順位や実力は俺の方が上だからな。父様だってお前のことなんか認めていない。あまり図に乗らないことだな」

「……わかってるよシャン兄」

 悲しげな顔をするヴェルジュさんに、シャンさんがさらに心ない言葉を続ける。

「そもそも貴様のような魔力値の低い魔術師が、術師序列一位として認められていること自体が間違っているのだ。小手先の技術のみに頼っているだけではいずれ誤魔化しが利かなくなる。だからさっさとその座を俺に明け渡した方が賢明だと思うがな」

 一方的にそれだけを言うと、シャンさんは南部襲撃隊の人たちを連れて離れた茂みの方に行ってしまった。
 ヴェルジュさんはその背中を、やはり悲しげな表情で見つめているだけで、何かを言い返すこともない。
 やがて何事もなかったかのように爽やかな笑みを取り戻して、私たちの方を向いた。

「すまない、見苦しいところを見せてしまったね」

「い、いえ……」

「じきに作戦開始となる。それまでに事前準備を終えて、万全の状態を整えておいてほしい」

 そう言って、ヴェルジュさんも北部襲撃隊の様子を見て回るために立ち去って行った。
 先刻のやり取りが頭に残ってしまい、ついミルと目を合わせてしまう。

「ふ、二人って仲悪いのかな?」

「風の噂で聞いた限りなんですけど、どうも第一王子様と第二王子様はあまり良好とは言えない間柄のようですよ」

 やっぱりそうなんだ。
 ていうか今の場面を見せられたら誰でもそんなことわかるか。

「そもそも術師序列でお兄さんの方が劣っているというのは、外面的にも印象が良くありませんから。それとかなり昔の話ですけど、王位継承権の問題で術師序列が考慮されたことがあり、序列で劣っていたせいで弟さんに王位を取られてしまった王子様がいると聞いたことがあります。もしかしたらそれも関係しているのかと……」

「自分も王位を取られちゃう可能性があるから、一方的に目の敵にしてるってわけか」

 魔術国家オルチャードの次代の国王となる第一王子様と、予備候補の第二王子様。
 しかし術師序列が考慮された場合、その立場はひっくり返ってしまう可能性がある。
 ということを差し引いても、二人は兄と弟という間柄。
 それで兄の方が術師序列で低いとなれば、それは当然何かしらの禍根があってもおかしくはないよね。
 弟の方が優秀なんて、兄としても第一王子としてもかなり複雑だろうから。
 作戦開始前に嫌なものを見てしまったなぁ、なんて思っていると、次第に待機場所に討伐隊の魔術師たちが集まって来た。
 そして北部襲撃隊、南部襲撃隊の両方の人員が揃うと、再びヴェルジュさんの声が脳内に響き渡る。

『じゃあ準備が整ったってことで、北部襲撃隊、南部襲撃隊、それぞれの地下迷宮の入口を目指して侵攻を開始する』

 襲撃隊の間に改めて緊張感が迸る。

『道中、ミストラルの構成員と接触した場合、即座に拘束するように動いてもらいたい。同じく魔獣と遭遇した場合も、手早く穏便な対処を心がけてほしい。こちらの作戦はギリギリまで、ミストラル側には悟られたくないからな』

 念のために森の外に数人の魔術師を配備しておいて、襲撃隊の突入後、感知用の結界魔法で森を覆ってもらう手筈になっている。
 もしミストラルの人間がこちらの目を掻い潜って森から逃げ出しても、感知の結界が反応してすぐに捕まえに行けるようにするらしい。
 ミストラル制圧作戦は、森に突入した瞬間から始まるということだ。

『最良なのは、奴らに気付かれずに地下迷宮の入口へと辿り着くこと。そして両部隊が目的地に到着したら、当初の予定通り連中を上層から下層へ追い込む形で制圧を行っていく』

 改めてヴェルジュさんがそう宣言すると、皆の顔が一層引き締まった。
 制圧作戦が、今始まる。

『それでは作戦――開始!』

 頭にその号令が響くと、魔術師たちは一斉に無益の森の中に突入して行った。