作戦の内容は以下のような形になった。
 北部襲撃隊と南部襲撃隊が、それぞれ北と南の出入り口から攻め入る。
 そしてミストラルの連中を下層に追い込んで行きながら、隠れ家の中にあるとされている『魔素収縮具』の破壊を試みる。
 奴らは魔素の働きを阻害する魔道具――『魔素収縮具』を抱えているため、隠れ家の中では魔術師が思うように戦うことができなくなっている。
 そう、期末試験のあの時と同じように。

『一部の生徒たちが魔素に異常をきたして、調子を崩してしまうという事態が起きている』

 あれはミストラルが起こしていた事件だったようで、それに使われた魔道具を隠れ家に設置しているとのこと。
 そのためミストラルを制圧するためには、まず『魔素収縮具』の破壊が大前提になるのだ。
 逆に言えば、厄介な障害はそれ一つだけになるので、『魔素収縮具』の破壊さえ叶えばミストラル側の敗北は必至になる。

「魔素収縮具は、壺のような見た目をしている魔道具で、そこから植物種の魔獣の毒を複合させた毒煙を排出しているらしい。毒煙は主に魔素の大きさ――魔力値に影響が出るようになっていて、魔法が通常通りに発動しなかったり、発動したとしても威力が微弱になってしまったりする」

 そして隠れ家全体に毒煙を蔓延させるために、地下迷宮の中層となる第三層に置かれているとのことだ。
 それを破壊することができたら、実質こちら側の勝ちは決定する。
 その後、安全になった地下迷宮内で、ミストラルの構成員たちを無力化したり、魔獣侵攻に使われる魔道具を破壊すれば完全決着だ。

「魔素収縮具の破壊後、ミストラル側に投降するように促す。しかしもしこちらの言葉を聞かずに暴れるようだったら、致し方ないが実力行使で無力化を試みることにしよう」

 大まかな作戦会議は以上となった。
 そしていよいよ私たち襲撃隊は、ミストラルの隠れ家に向けて出発することになる。
 なるべく魔力を温存するために馬車乗り場で八つの馬車を手配し、各部隊が四つに分かれて移動することになる。
 私は馬車の順番が来るのをミルと一緒に待ちながら、改めて作戦内容についてお互いに確認をしておくことにした。

「北部襲撃隊と南部襲撃隊がそれぞれの入り口から攻め込んで、魔素収縮具の破壊を目指すんですよね?」

「うん、そうしないと地下迷宮の中で上手く戦えないからね」

 いくら腕利きの国家魔術師たちが揃っているからと言って、魔素が不調のままではミストラルを完全に制圧することはできない。
 だから魔術師たちを本調子にするために、魔素収縮具の破壊は第一に取り掛からなければいけないのだ。
 今一度そのことをミルに伝えると、彼女は怪訝そうに眉を寄せてこんなことを言った。

「サチさんでしたら、あの無作為転移魔法を使って、一瞬で魔素収縮具の場所まで転移できるんじゃないんですか?」

「あぁ……」

 どこに転移するかはわからない無作為転移魔法――【我儘な呼び出し(アリアン・シフレ)】。
 幸運値999の私が使えば、望んだ場所に確実に転移することができる規格外の魔法に化ける。
 だから、魔素収縮具の具体的な位置を把握していなくても、私がそこに『行きたい』と願ってその魔法を使えば確実に転移することができるのだ。

「たぶんできると思うよ。それに私なら魔力値を下げられても関係ないから、地下迷宮の中でも万全な状態で戦えると思うし」

「では、わざわざ全員で魔素収縮具の破壊を試みずに、まずはサチさんにその魔道具を破壊してもらった方が確実なのではないでしょうか?」

「私もそう思ったんだけどねぇ……」

 私は作戦会議の数日前のことを思い出しながら返した。

「実はとっくに学園長さんを通じて、そのことを国家魔術師の人たちに提案してるんだよねぇ」

「えっ、そうなんですか?」

「国家魔術師たちの招集を手伝ってる時に、作戦内容を少し聞かせてもらったから、その時に提案してみたんだよ。でも一人で突っ込むのはさすがに危ないからって却下されちゃってさ」

 魔素収縮具はこちらからしたら最大の障害であり、向こうからしたら最大の盾になっている。
 となれば破壊されないために何らかの罠や複数の監視を配置している可能性が高く、私がそこに突っ込めば一瞬で包囲されてしまうのだ。
 もしそうなって私がやられて、最悪人質にでもされたりしたら形勢は一気に不利になる。

「ただでさえ魔素収縮具の影響下で本領を発揮できる魔術師がほとんどいないから、貴重な戦力の私は慎重に行動するようにって言われてるんだ」

「まあ、それもそうですね」

 加えて私はまだ学生。
 国家魔術師側は学生の身である私を危険に晒したくないと考えているのだろう。
 学生一人に重荷を背負わせて、大怪我をさせたなんてことになったら体裁が最悪だし。

「私は一人で突撃しても全然よかったんだけどねぇ。それで魔素収縮具を破壊できれば、一気にこっち側が優勢になるんだから」

「ただ、警戒が厳しいという可能性もやはり高いと思うので、全員で攻め入った方が確実ですね」

 まあ、その言い分もわかるので私はそれを受け入れることにする。
 相手はあの反魔術結社ミストラルだし、今までの魔術師とか魔獣を相手にするのとは話が違うからね。
 安全を第一に考えた方がいいだろう。
 最悪、“大怪我”どころじゃ済まなくなるかもだし……
 改めて緊張感を抱いて息を呑んでいると、不意にミルがため息をこぼした。
 不安げな様子で目も伏せて、私は彼女の顔を覗き込みながら問いかける。

「どうしたの、ミル?」

「星華祭が終わってすぐに、こんなことが起きるとは思いませんでした」

 ……こんなこと、か。
 たぶん誰も予想はできなかったんじゃないかな。
 私だってまさか、いきなりこんな非日常的な事態に巻き込まれるなんて思ってもみなかったし。

「まだどこか現実感が掴めていません。魔術国家の反乱因子であるミストラルと、戦争をすることになるなんて」

「私も同じだよ。なんかいきなり色んなことが起きすぎて、頭の整理が追いついてない感じ」

 つい数週間前までは普通に授業を受けて、普通の放課後を過ごして、普通に学生をしていたというのに。
 それが突然戦争なんてね。
 現実感が掴めていないのも無理はない。

「穏やかではないのは、私はあまり好きではありません。学園にいる時も、身分差のせいで色々と大変な目に遭ってきましたけど、同じ騒がしさなら前の方がよっぽどいいです」

 ミルは静かな声音でぽつりとこぼす。
 次いで雲がかかり始めている空を見上げながら、遠い日のことを思うように続けた。

「早くまた、いつもの日常に……サチさんと過ごしていた学園生活に戻りたいです」

「……だね。私もそう思うよ」

 ミルと過ごしていた平和な日常に、私も早く帰りたい。
 その時、不意にミルの手が微かに震えているのを私は見つける。
 その手を静かに取ってあげると、ミルは驚いたようにこちらに目を向けた。
 冷え切った彼女の手を温めるように、ぎゅっと握ってあげると、私は同時に笑みを送る。

「私たちの“いつも”を取り戻すために、精一杯頑張ろうね」

「……はい」

 ミルも手を握り返してくれて、私の中に滞っていた緊張感も僅かに薄れた。

 ミストラルとの戦いが、始まる。